無料ブログはココログ

ウェブページ

今さら日イのはてな

« Den HaagのHamid 二人 | トップページ | ベカシの英雄ノエール・アリ »

2019年12月 9日 (月)

青空はためくパスキブラカ

 

19941anggotapaskibrakamembawabenderapusa Paskibrakaパスキブラカという単語も何語だろうかと、戸惑うがインドネシアでは独立に由来する由緒あることばである。 毎年、独立記念日の大統領宮殿での式典でテレビに釘付けにされるが、あの国旗掲隊Pasukan Pengibar Bendera Pusakaの凛々しさと翩翻とはためく紅白旗に胸躍らせる青少年も多いことだろう。
1945年の独立宣言の日の国旗掲揚はスカルノの自宅でファトマワティが手作りした国旗を掲揚したが、翌年は大統領は独立戦時下のジョクジャにおり、側近の一人、少佐(海)フセイン・ムタハルに、国旗掲揚儀式の執り行いを命令し、ムタハルはヨクジャにいた、インドネシアの全地域から代表を選ぶよう手配したがその時はどうにか5人を選ぶしかなかったようである。それでも5の数字はパンチャシラである。オランダ撤退後はジャカルタの大統領宮殿にスカルノの親衛隊とか家中で執り行われたようだが、スハルトは66年に再度ムタハルに組織化を命じ現在の形が出来上がっていった。掲揚隊はこの宮殿の他、政府レベルでは州知事と県知事で組織されたが基本は核となる国旗隊8人と随走隊17人に護衛隊45人が付く形をとる。
00sampurnq-aug17 8月17日のジャカルタ市内の状況は何度もブログで特集したが紅白の国旗を縦横に、大胆な発想で大型旗や小型の連楊旗、しめ縄ねじりや三角旗や五色旗迄町中を飾り立てる。日本は日章旗をgoogoleすると日支放棄になるほど見掛けることもないが、インドネシア人のクリエーテブには感心する所である。紅白であるので日の丸の色と同じで有るが、関係はなく又オランダの国旗から青を引きちぎったマジャパヒットホテル事件も思い出すが、インドネシア人はそんなことは一切口葉にも出ず、この色はマジャパヒット時代からの国の色であるそうだが、それだけでも又数刻を要する。

 

« Den HaagのHamid 二人 | トップページ | ベカシの英雄ノエール・アリ »

インドネシア歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« Den HaagのHamid 二人 | トップページ | ベカシの英雄ノエール・アリ »