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2020年8月17日 (月)

未だ居た知らない富豪Aksa Mahmmud

Bosowa-berlian-mitsubishi前回のWinarkoの際はインドネシアのビリオネアが15人ぽっちではないとForbes Asiaの50人リストを見ると又知らない富豪に出会った。こちら Aksa MahmmudはWinarukoと同じ74才である。この年齢になるともう引退しておるはずで事業(財産でなく仕事)は子供に譲っており、報道などにも出ることは少なくなるので知らない富豪となる。彼はスラウェシ出身で元大統領Jusuf Kallaの義兄弟となるが、複合企業 Bosowaグループの創業者である。純資産は7.7億ドルでインドネシア第44位となっている。
Bosowa グループはセメントの他、不動産産業、自動車産業、鉱山エネ事業、金融等も事業を行う複合企業である。セメント生産キャパは合計7.2百万 スラウエシのMarosが4.2百万トンの他東ジャワBanyuwangiで1.8百万トン、バタムが1.2百万トンである。自動車部門は1978年に日本の自動車販売会社ダットサンを皮切りに、現在は三菱の独占販売代理店の他トラック輸送、タクシー業も行なっている。不動産業はマカッサールのホテルHotel Imperial Aryaduta 及び Novotel Makassarの他、病院なども運営している。大理石の取り扱い、2x125MWの発電、LPG ターミナル、マカッサールやバニュワンギの港湾事業他、建設業等々迄手を伸ばしている。氏は正式には H.M. Aksa Mahmudで1945年生まれ、ハサヌディン大学卒のKAMIの世代である。1968年グループを創業、拡大しつつ、政治にまで進出、2009年までゴルカール党でDPDの議員であった。子供は5人、ただ、末っ子のSubhan Aksa氏は、2013年のリアウ州道路建設に関して証人としてKPKがらみの報道の中にいる。
なごうべとはここかな

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