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2020年8月11日 (火)

遅れた英雄表彰のブントモ。。。.達。 

2009年12月20日の大昔に、「忘れられていた本人ブントモ」というブログを書いたが、英雄の日として記念祝日となった1945年11月11日の主人公のブントモ自身の国家英雄叙勲が永く、無いまま、無視されていたが、それが2008年になってやっと叙勲されたことで、{忘れられていた本人}と表現したものであった。
勿論その日の英雄的演説は当時のスラバヤ市長も有名であったので、そのことも別のブログにしたこともあるが、それはブントモ叙勲が遅れた言い訳にはできない。 そしてそのブログにはアダムマリクもタンマラカもまだ英雄ではないと書いていた。又そのブログでは“昨日本屋で見た”と書いているがそれは、きのう本屋でという意味であったが、その本は今や手持ちがない。あるのは1994年出版のBiografi Pahlawan2 Indonesiaというものでこれにはマリクもタンもストモもない。 いやSutomoはあったが、それはDr Sutomoで別人の伝記乍ら写真がブントモであった。
少なくともこの1994年版には漏れもあるし、遅れは確かにブントモ(2008)とマリク(1997)とスカルノハッタ(2012)で、その本に漏れていた(未収録)はタンマラカ(1963年)であった。。
スカルノハッタは正式には2012年になって叙勲されたようだが、秘密を言えば一度1986年にも叙勲があり、これも正しいとすれば2回叙勲されたことになる。気になるのはスハルトがどうなるかで有るが、或いはファトマワティは一人2000年に叙勲があると言うことだ。

そして全てアップデートすれば2019年迄とすれば全体で186人である。ふと目に入った昔のマイブログで小生が間違ったかと修正の筆を執ったが、当時参照した本の間違いと言えばそういう事だったので安心したが、補足しておこう。

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