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今さら日イのはてな

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2020年12月

2020年12月30日 (水)

ジャカルタRSDで、思ったこと

12月27日、インドネシアのコロナで毎日感染者が増えているが、どうなるのだろうか。東京では毎日1,000人を目指し確実に増えており、療養ベッド数が無くなり悲鳴を上げているのと比較すると、インドネシアは感染者は一段高いレベルであるが、8,000人にタッチした後6,000人とか7,000人と、増加は一休みのように見える。
20201227-2今日偶々ジャカルタのコロナ感染者の入院施設の写真が何気なく目に入ったが、大きな施設だなと、思ったのは当然で、ここは2年前のアジア大会の選手村である。まだ利用できる状態だったのかと驚いたが、場所はクマヨランと言う。
なるほどあのクマヨラン・ゴルフ場の中に、金融危機で捨てられた建設途上のアパート群が永く放置されていたのを思い出し、そこなのだと直感が働いたが、そうではなく、そのゴルフ場の南からすぐSunterに向かう所にあったのだ。7棟あるが、何戸位あるのだろうか。このような画像を見ると安心もするが、それより、入院だけはしたくないなと、日常生活では、より注意深くなるだろう。
この報道では12月26日現在、新規入院者172名で現在3,361人が治療を受けておるが、タワー5では、自己隔離を受けている患者は821人だそうだが、自己隔離とは、どの状況かは不明ながら相当詰め込んでいる感じを受ける。

コロナの収束の見通しは悲観的な見方が流れてくることが多い。一体どうなるのだろうか、人類の過去のウイルス(或いは伝染の菌)との戦い、特に中世の頃のワクチン等もない時代の人類の戦いから何か示唆を得たいと思ったりもする。想像も出来ない悲惨な状況を越えて来た歴史はすごいことだったのだ。そうして結局、年初より自覚した通りの免疫力との戦いに落ち着くのである。小生の場合は後期高齢と基礎疾患により、Protokol Kesehatanに加えて天運に服す覚悟しかない。

この病院は3月から活動しており現在までに、37,737人が入院し、34,376人が退院、14人が死亡したそうである。このニュースの前後、この病院でとんでもないMesun事件が報道された。収束を祈るだけである。

ココログからのお知らせ

このブログの前身のブログ ジャカルタ新旧あれこれ というブログが11ヶ月間更新されていませんという
お知らせがありました。
以下ポイントは:
1年間未更新のブログについては、記事の追加や編集ができなくなります。

対象ブログ  http://jakartan.cocolog-nifty.com/blog/
実施予定日  2021年1月29日

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*ブロクは削除されません
今後ともココログをよろしくお願いいたします。今後ともココログをよろしくお願いいたします。
投稿者 ココログスタッフ

お知らせのペイジをクリックしたら その2への投稿になってしまいました。
上記の通りでいましたので何でもありませんが、つい、ここにアップとなりました。

今年は年末もお正月もありません。冬の星座は寒そうだ。

2020年12月28日 (月)

ヨグヤとジャカルタの時計塔

20201227ヨグヤカルタの、マリオボロ通り近くの記念塔のリノベをやる話から、このような観光名所があることを知った。Bisnis.comの“Alamak Tugu Pal Putih Yogyakarta”からである。写真にはMalioboro通りの看板が出ているが、報道では、ここは Mangkubumi 通り、Sudirman通り、A.M Sangaji 通りとDipenogoro通りのインターセクションらしい。
この記念塔は1755年にハミングブオノ一世によって建てられ、当初トゥグ・ゴロン・ギリグと言われ、頂上は丸い形(ゴーロング)で、ポールは円筒形(ギリグ)の形をしていたので、その名前で、碑の高さは25メートルである。南の海と宮殿とメラピ山を結ぶラインに建設され、瞑想に使用された。
しかし最初の塔は1867年6月10日の大地震で崩壊したため、オランダ植民地政府は、15メートルに減らしたデ・ウィッテ・パール(白い記念碑)を再築したあと、2012年には、再度改修を行い22カラットのゴールドを使用、また記念碑の周りに小さな公園が作られているそうだ。この白い塔というPutihと云う言葉が名称に今も残っている。

Tugu-jam-thamrinヨグヤと同じ位かなと間違ったジャカルタのタムリン道路の時計塔(Tugu Jam Thamrin) の方も地下鉄工事のため仮移転しているはずだ。ジャカルタには他に多くの巨大な塔があるが、タムリン道路の時計塔はそれほど大きくなく、日本人でジャカルタに何年住もうが、知らないままジャカルタを去る人が多いだろう。少しでも知られる願いを込めてブログにしたことがある。
00-adipura-aa2010jan30-049-2Aaabmay_09_batavia2_032この二つはどちらもTuguである。Tuguは単純な塔が多いようだが、Tugu Taniの様に彫像の塔もある。銅像的にはPatungと言い、Monumenは形より記念にウエートがかかる。
塔そのものの簡単な記念碑は他にもブログにしたのがあるので写真だけ掲げておこう。
00

最後の写真は間違って宮崎の八紘一宇迄挙げてしまった。

2020年12月27日 (日)

目立つ隠れたSynthesisグループ

ジャカルタの街の風景でSynthesis Towerというモダーンに雰囲気のビルの写真を見た。
00dsc_0512Dsc02445-2
それは見た覚えのある外装から、ガトットスブロトの天文台みたいなモスクのある中小企業産物館の前にあるスーパーヘローの本社ビルで有ることを思いだした。
その後スーパーヘローが破綻し身売りしたのでこのビルも人手に渡ったのであろう。それを購入したのSynthesisである。この不動産グループのプロジェクトで既に小生がブログにしたのはBassuraとKalibataがある。よく間違うのはEssenseやSpringfieldであるので、其処とは違うことを確認する必要を感じ全プロジェクトを調べて見た。
SYNTHESIS RESIDENCE KEMANG、PRAJAWANGSA CITY(Cijantung:Ciracas)、SAMARA SUITES(Gatot Subroto)、SYNTHESIS HOMES、GREEN SYNTHESIS PONTIANAK、Bassura City、 Synthesis Homes Tangerang Selatan、Plaza Semanggi、Kalibata City、Synthesis Square Tower 2、The Lavande(Tebet)、Teras Srikandi Synthesis Residence Kemang、FESTIVAL CITY LINK(Bandung)、De Oaze Tangerang、Casablanca Mansion、Urbana Place Tangerang、Bali Nusa Dua Hotel & Convention Centerの以上である。
このTowerは2と番号を振られており、Hero の方がNO.1 で、その裏で建設中のものがNo.2であろうか。(もう建ってるかも知れない)
上記プロジェクトの中に、同じ通りのSamaraというのがあるので調べると、どうも同じ区域であるようで、どれがどれか分からなくなった。
Synthesis-google-1Synthesis-google-3
Gatot通りに接したビルは蔦を這わした特色があり、このビルに接しているのがSAMARAである。しかし、これを含む全体をSynathesis Squareと言うらしい。この完成写真は少しあり得ない変貌である。

Synthesis-google-2Prajawangsaという聞きなれない名前も気になったが、これはすごいプロジェクトではあるが、未だまだである。この場所はCiracasで、この地区にはNGKも、帝人も、東レも進出し工場をたてた地区であり、Cijantungはグスドゥル元大統領の住居があった所であるが、住宅地にするにはまだ時期尚早のような気がする。
社長はBudi Yanto Lusli
会長はROBERT PRIANTONO BONOSUSATYAである。
これだけ立派なビッグプロジェクトを矢継ぎ早に手掛けているが未だ上場はしていないため代表者は富豪リストに入ってない。
名前に惹かれたがSynthesisとは合成の意味でシンクロから想像できる一つへのの合体である。このブログは昨日の日イのはてなブログのつづきとなった。

2020年12月20日 (日)

ABCのABC

長くジャカルタを離れてギョッとしたのはあのABCはKraft Hainzのブランドになっているという記事に遭い、それならバッテリーはどこに行ったのか、Nu GreenTeaも持っていかれたのか、お菓子類はどうしたと疑問が噴出した。
その記事は“PT Heinz ABC IndonesiaはKraft Hainzのインドネシアの子会社でケチャップや飲み物のブランドのABCは元PT. ABC Central Foodが1999年に買収された”と言う古い話なので、びっくりするのはおかしい話だったのだ。これは単なるこのfood部門の会社の売却であったので他のグループの製品は変わらない。そういうことは全て小生のシリーズで2016年5月に触れている。そういうことで記憶が無くなった上の早飲み込みであった。
Abc-ot
そこで昔の論述をアップデートしようとすればグループの全体図と大きな歴史の補足であろうか。
Globe誌の2018年版富豪リストでは、グループ代表の Husein Djojonegoroは68歳で資産12億ドルの43位にランクされているOrang Tua グループであるとなっている。
しかし全体を言うならABC Holdingから始めるのがいい。このサイトにグループ会社のロゴがあり、これの会社名をリストすると以下となる。

PT. International Chemical Industry
PT. Tri Sumber Makmur Indah
PT. Hainz ABC Indonesia
PT. ABC Everbright
PT. ABC Kogen Dairy
PT. ABC President Indonesia
PT. ABC Anugrah Persada Alam
PT. Orang Tua Group
まずはこの中に売ってしまったHainz ABCがまだあるが、別途調べると1995年70%がHainzに渡したが未だ持ち分が残っており合弁として名前も残っていることが解る。
次にPT. International Chemical Industryを見るとこの会社がバッテリーを作っている事、この部門会社はメダンで1959年Chandra Djojonegoroが設立したPT Everbright が最初の工場で、現在3工場目のPT Hari Terang Industrial Co. Ltdがあり、LEDにも進出している。
そして紛らわしいのが、PT. ABC President Indonesiaで、この会社が、このNu Green Teaと、インスタントのMi ABCを作っている。会社名の謂れは、親のPT ABC Central Food(Husain Djojonegoro:PT ABC Holding)と台湾のUni President Cooperationの合弁であるようで、設立は1991年である。その合弁のことが今年の1月、カラワン工場拡張ニュースで触れられていた。PETボトルで画期的Nuの販売は2005年開始で、2014年にNu Green Tea Royal Jasminを売り出した。
PT ABC Central Foodを売却時、その移行の詳細は不明であるが、現在食品関係はPT. Orang Tuaが担当している。グループの名前でもあるOrang Tuaで日用消耗品迄製造品目を拡大している。1948年スマランで最初伝統的健康飲料から始め、それに近代的パーソナルケアーの製品迄加えている。1984年の歯磨きペーストと歯ブラシのFormulaの他、 お菓子・ワッフル・飲み物のTango、ビスケッのKlopやOops、チョコレートにFullo BlastoやCanon Ball、ジェリーのVista、プルメンのMintZ、飲み物はTeh Gelas、女性健康飲料Kiranti、サニテーションPrime Protect等々拡大してきた。
1995年 OT の会社名とロゴを設定、販売は子会社のPT. Arta Boga Cemerlangが担当している。

2020年12月12日 (土)

区別難しいタワー林立 The Tower

9日のブログでSudirman 通りのMillennium Centennial Centerと間違えたCentennial Towerであるが、このビルは小生がジャカルタに居た2017年は建設中で立派なものが建つなぁと思い、且つこの名称に感心していたもので、同じころ少し違うが同じ名前のビルがあるとは思っても見なかったからである。このMillenniumの方のロケーションはTamara Towerの横と紹介したがその隣はInternational Financial Center(ブログ済)でこちらの方の建設中の様子はやはり同じころで覚えているので益々Milleniumが埋没するはずだ。
しかし比較すると
Millennium Centennial Centerは53F建て、開発オーナーはPermata Birama Saktiであるが、小生は薄々これはTan KianのDua Mutiaraではないかと推定している。しかし;
20201209-12Centennial Towerは39階とも40階とも45階ともネットに書いてあるが、オーナーはPT Citratama Inti Persadaであるとして、どのネット記事にも誰でも知っているがごとくこの会社名しかでない。CitraとかIntiが付く名前は多くあるので隠れみのになるのかも知れない。
写真ではここでも、
Manunggal-and-centenial-now-construct小生にはよく覚えているManunggal Towerがあり、その先の高いのがCentennialである。如何に高さが違うかわかる。2014年の写真は建設中である。

The-tower-googそしてGoogle Mapで目に飛び込んでくるのはThe Tower Project Site Office Alam Suteraという字で、これがCentennial Towerになったのかと一時は思ったが、それも間違いでこちらのAlam Suteraの物件は既に完成しており、ずばりその名前もTHE TOWERで別物だとわかった。
The-tower-alam-sutera-dulu此方はAlam SuteraとあったのでMannungalグループになる。場所はCrown Hotelから下ってChandraの手前のKrukut川があるところである。

00mesdjid-gatot-2Centennial Towerはここからもっと下り、小柄だがよく眼に付いた有名なモスクBaitul Mughniの手前である。ここで左手に入る道があり、そこに日系がマンションを建てると言うのでブログにしたことはある。そしてその道がMega Kuningangにつながるのである。
小生に取ってこの二つのタワーもおどろき中のおどろきであったので昔の写真を探すのが目的であった。固有名詞は忘れ、スペルには自信がなく、調査に手まどるのでここまで。

2020年12月 9日 (水)

Marriott Mutiara 米イ豪日

大分古いが2017年度発表BCIアジア選出のインドネシアデベロッパーランキングに名前を聞かない会社がいくつもあり、不思議な気がした。最近凄い会社だと思って取り組んでいると、汚職まみれであったり、日本企業でも、悪徳CM商法がまかり通っていることもありそうなので、このシリーズではWaspadai(警戒し)取り組んでいる。
このランキングを使って知らなかった部分を探してみよう。
まずランキング6位は日本語の紹介ではパーマタ ビラマ サクティ (Permata Birama Sakti PT)となっている。説明には;

Millenium-centenial-tower「2017年、プロパティ レポート社 (Property Report) が選ぶベストランドスケープ建築アワード (Best Landscape Architectural Design Award) をミレニアム センチュ二アル センター (Millennium Centennial Center) が受賞しました。これまでに、3つの商業施設、2つの民間アパートメント、2つのホテルの開発を完成させました。主なプロジェクト: シェイレンドラ (Sailendra)、アイルランガ (Airlangga)」とある。
上記の説明で小生が聞いたことがあるのはCentennialだけで、JakartaのメインロードのSudirmanにあるビルである。(実際は後述の通りGatot通りの同名のビルと勘違いしていた)

Marriott-mutiara序でSailendraとAirlanggaというのを調べると二つのApartmentであるが、このビルにHotel JW Marriott とRitz Carton Hotelが夫々入居している。このジャカルタでトップグループのホテルを二つも有しているのだ。そしてMarriottに隣接・付属しているのがPlaza Mutiaraであるが、これが商業施設としてカウントされているのであろう。そういえばcentennialというビルはガトット・スブロト通りにもあるがその、Centennialの横の小道を入っていくと現在は繋がっているだろうと思うMega Kuningan 地区の中心にある。
しかし商業施設が三つあると言うので、推定したのが、このMarriott Mutiara Plaza の他にCIMB Niaga PlazaとSequis Plazaである。この3つの商業施設、2つの民間アパートメント、2つのホテルは何のことはない彼らのホームペイジに載っていたのである。しかしこのホームペイジは内容が薄く、この7つだけが固有名詞で、説明も無く、あとはVisi/Misiの抽象的飾り文ばかりである。会社名にPermata Birama Sakti Building Developmentと長く、NETのアドレスはworldpressで片手間の借家住まいの如くである。 
Plaza Mutiaraと言うのは場所すら知らなかったので調べると上記の通りMarriottと一緒の商業施設であった。商業施設とは少なくともショッピング出来ないといけないがNiagaもSequisもShoppingはなく、単なるオフイスビルとしての分類とすべきものである。小生がブログにしたことがあるのはSequisであるが、実際はこの名前はスディルマン通りに二つあり、有名な方は、上記のNiagaの隣、昔Widjojo Centerと言われたユニークな壁の保存対象の古いビルで、そこに新しく建てられたのがSequis Center/Sequis Towerであるが、こちらはSequis 保険をやっている不動産大手のGenung Sewu(日本生命が保険提携)グループの会社Duta Anggada Realty(その子会社と東京建物が提携の別案件あり)が開発・保有しているものである。この会社も冒頭に上げたランクでは4位にランクされている。もう一つはこの保険会社が本店を此方に移す前にでもあったのだろうか、Sequis Plazaというビルが、Mayapada Tower/Topas TowerとTamara Towerの二つのビルの間にある(あった)ようだ。昔の名残か、Sequis Plaza 1とかあったが、Google MapもreviseされGoWork Millennium Centennial Center - Coworking and Office Spaceとでてきた。
実はCentennialという名前が付いたビルは二つあって、この文章を書きながら、初めてこのことを知ったのである。小生が知っていたのはGatot Subroto通りNo.25 にあるCentennialTower(45F)で、これをこの会社のものと間違っていたのだ。この会社のCentennialはMillenniumが付いたMillennium Centennial Center(53F)で住所はSudirman通りであるが番地はNo.25 と二つとも同じなのである。そして昔のSequis Plaza 1という名前(Googleで出てきた名前)のビルを建て替え(?)したものであろうか。前述のSequis Towerの番地はSudirman No.71 であることは突き詰めているので、Sequis Plazaの話は打ち止めとしておこう。 
今、Mutiara Plazaを調べるほどに、Mutiara グループはTan Kianへ、そしてSCBDのPacific Placeへ、そしてそこのRitz Cartonから ここのMarriott/Mega Kuniganへ、そしてMutiara PlazaからAsabriへ、そしてJayasrayaの汚職へそして昔のMutiaraの汚職事件に絡む話がでてくるのである。これは一筋では行かない。

注:小生が見た資料では、これら物件を持っているのは別名で言えば Dua  Metiara であり Tan Kianである。但しTan氏単独でなくL氏も後大物のバックアップっもあるかも。 上記の文章からはSequis Plazaはもうないはず。ないものをずっとサイトに放置していることになる。

2020年12月 8日 (火)

ネットもViralでガウル文化の洪水

12月1日のはてなブログ“浦島太郎のViral Virtual Haul”でこれらの言葉の定義付けを推定したが、今日Viralのインドネシア語訳を発見した。  viral、indonesiaでgoogle検索するとCambridge辞典で英語・インドネシア語辞典があり、それは元々英語であり、それを22ケ国で説明があったのだ。インドネシア語ではMenyesebar cepatとあり、英語では“ Very popular and spreading very quickly among a large number of people, especially over the internet”とある。
日本語では“ウイルス(性)の”とあるだけで当たり前の意味しかないが、英語のinternetの言葉を入れると、これは拡播である。
パソコンでもこの漢字すら出ないが中国語の病毒式的傳播とあったので助かった。
それを見ても小生の自己流の解釈はおおむね正しかった。但しメディアが伝播したいのか、伝播している事実を伝えているのか、伝播してほしい動画が一般から投稿があったのかは調べてない。
20201208-2
言葉は新型ウイルスの如く生まれてくる。この言葉に出会ったのは最近の社会のゴタゴタ専門のsuara.comを見ることが多いからであろうか 
今日の記事は「Viral Cewek Ngeluh Susah Karena Pacar Kena PHK, Curhatnya Bikin Ngelus Dada」である。Viralの所にコンマもセミコロンもないのが難しくしているが、拡散したネットの話は;
ある女性がボーイフレンドが会社を首になったので、もう恋人も首だと言うネットTikTok に中傷コメントが入り、そのやり取りがこのニュースで、全く炎上したわけではない。彼女が、
"Udahlah pengen putuss. Semoga lewat fyp (page for You)dia jadi gue enggak perlu ngomong!"
そしてこれで良しっと、彼に話さなくともFypで別れられるわと呟いたことに
Kontan saja unggahan itu banjir cibiran(非難) dari warganet.
これでネット愛好者から非難の洪水になった。
Setidaknya kalau sudah enggak goodlooking enggak usah bad attitude ya Mbak
おめえさんは少なくとも別嬪ではないだろうが、態度も悪がる必要はないよ、おばさん!
彼女もすぐ、これはsetting(ネットのための演技?)なのよと謝ったが、突然コメントはどんどん増えるばかりである、
Sontak(突然), komentar warganet pun semakin menjadi-jadi.
そしてニュースはViralの為なら何でもやると締めていたがタイトルのBikin Ngelus Dadaに関する部分はなかった。彼女がおっぱいが丁度痩せてよいわとでも言ったのだろうか。

2020年12月 5日 (土)

Kino キャンディを食べて"Cap Kaki Tiga".

富豪リストも125位のハメンクブオノ王はさておき、この辺りになると知らない人がおおい。126位は資産$240百万でKino GroupのHarry Sanusi(52歳2018年版)である。1991年設立の頃は従業員10人の小さい会社であったが金融危機後お菓子類・軽食品に注力して伸びてきたようだ。見たいなと思ったら日本でもアマゾンなら扱っている。さすが日本と思うのか、やはりさすがはインドネシアだろう。Kinokoは明治であるが森永との合弁はあった。粉末ジュース製造販売会社を合弁で2013年に作ったが、2018年森永は持ち株をKinoに引き取ってもらい撤退している。
Kino-candy
菓子部門の成長により1999年からはコスメティック部門にも進出し、成長に拍車がかかった。顔洗剤の"Ovale"、ビタミン整髪 "Ellips"、女性専用石鹸"Resik-V"、ジェル型パーヒューム"Eskulin"など手掛け、更にムスリム向けハーブ歯磨き"Sasha"と拡大、又2003年には幼児向け製品を「Sleek Baby」ブランドで売り出しこちらも洗剤、哺乳瓶、おむつなどに広げている。
Kino-2
飲料では"Cap Kaki Tiga".ブランドのシンガポール発清涼飲料やタイ発Maleeの飲料、更に"Cap Kaki Tiga".ブランドのハーブの咳止め薬製品、バルサム、頭痛薬、白癬薬を製造販売輸出している。子会社数は9社以上、ブランドは19とも35とも云う。
彼はPancasila大卒で本社はアラムスーテラにあるKINO Tower 17階にあるので、ビル迄建ててしまったのであろう。小さなお菓子製造の時から
世界が視界に会ったのであろう。
Kino-1

2020年12月 3日 (木)

Batiqaでバーチャル経験

何処でもいいからのんびり出来る観光地に行きたいが、いつも飛び込んでくるのはジャカルタのホテルである。この間はジャカルタのJambuluwukを、名前の不思議さからブログにあげたが、その前はSt. RegisもWestinも上げた。そういえばジャカルタホテル訪問記・ランキングも書いているが、今日はBatiqa Hotelである。

Batiqu-hotel-2Batiqu-hotel-3偶々見たのはBukasiとKarawangのBatikaである。日本企業の進出が集中した地区内であるので出張者には便利だと思いながらGoogle Mapで場所を訪ね、ホテルの内部などもあちこち見て回った。小生は飢えているのか、いつでもバーチャル経験が出来るので安上がりで便利だ。
Bekasiの方はJababeka工業団地に近く、KarawangはSurya Cipta工業団地内である。このホテルのオーナーは将にSurya Ciptaである。
Surya Ciptaと云えばあのアストラのスルヤジャヤ家である。

ホテル名のBatiqaの意味を探し回ったが、Batikがちかいのだろうか。
Batiqu-hotel-1このホテルのレストランはFresqa Restaurant というが名前だが、この名前も以前Westin RasunaにあるFresco Barの仲間のようだが、こちらの意味も不明のまま仕方ない。ホテルの庭も見たのでさぁチェックインだ。
なお、このグループについては11月に大きなプロジェクトの話が報道されていた。 
11/18 スルヤチプタ子会社、パティンバン港近くでスバン・スマートポリタン・プロジェクトを着工、総面積2,700haの内、400haを先行開発するもので、第1期引き渡しは2023年の予定とのことである。

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