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2021年6月12日 (土)

ポンドクインダーの範囲と色々

00-jl-pondok-indah-2010ポンドックインダーと言えば日本人に取って羨望の住宅地であったであろう。日本人はジャカルタの南区に住んでいた関係もあり、北・北東の住宅地パルタイインダーやクラパガディンに比べ馴染みがあった。小生に取って、まず80年代はスドノの関係で丸紅さんが住んでいたかに思うが、ここは70年代チプトラにより最初から高級狙いで開発されてきた。高級にはエリート外人が入るが、こちとらは余り関係ない。2000年代にここの住宅を事務所にして営業許可を取った会社に驚いたものだ。ここの住宅の価格は都心並ではなかろうか。小口にはならないから400M²で200億ルピア見当か。
00-pondok-indah-2013しかし現代になり、TODがもてはやされる中、ここは公共交通機関は殆どゼロである。高級豪族は高級交通機関は使わないということであろう。

そして今もそのチプトラの開発会社は隆々としている。会社の名前はMETROPOLITAN KENTJANA TBK [MKPI]で株価RP27,000で時価総額は24兆ルピアである。
この間遂に逝ってしまったCIPUTRA氏が未だ副会長(現在はJunita Ciputraに変更されているか)に名を連ねているが、実はCCM/BERCA/MURDAYAのグループがマジョリティを持っているようだ。つまり会長がMURDAYA POO氏の妻Siti Hartati Murdayaの他、Murdayaの名前の監査役がPrajna Murdaya、Metta Margaretha Murdaya、Karuna Murdaya 3人とKaruna Widjaja等いる。後目に付くのはIwan Putra Brasali(父がCiputraの友人)やがいる。株主はPT. Karuna Paramita Propertindoが47%保有している。この会社は住所しかわからなかったがCikiniとなっているのでCCMグループに間違いない。

00-pondok-indah-towerIDNFの紹介文ではショッピングセンター(モール)としてPondok Indah I及びII、Wisma Pondok Indah I、II、およびIII、アパートゴルフPondok Indah I、II and III、居住用不動産プロジェクトPondok Indah、バタムのGarden Shangril La、およびジャカルタ南部のPondok Indahでのホスピタリティ、を所有し、管理していますとなっている。
Pondok Indahを地図で確認するとSCで I~IIIの他、Street Galary, OfficeTowerとしてI~III, Residensial TowerにもI~IIIが見える。 
Hotelは Pondok Indah Inter-Continentalがある。 
00pondok-indah-gc2010チャンピオンコースのPondk Indah Golf Corseは株主としてMurdaya家、Salim家、チプトラ家、DjokoやPribadiなどずらりと大口保有者が見える。
ポンドクインダーの住宅地に住む事にはあまり関係なかったが、モール、ゴルフ、病院、レストラン区などなど多くお世話になったことは書いておかねばならない。
ポンドックインダーは広くそれ自体が行政区でもあろうと思ったが、行政区はPondok Pinangであり、上記に記した諸施設はすべて、区(Kec)の東北(右上)に所在しており、そこからゴルフ場を経て南に住宅地が広がるが、既に個人が購入して数十年であるが、住宅地区を表す言葉はやはりPondok Indah以外知らない。通りの名前にalam(自然)と言う言葉が付くのが住宅地の北半分でhijau(緑)が付くのが南半分というしかない。

追:このブログの所為であろう。今日金曜日だと思ってスタートしたが土曜日であった。ブログアップも忘れ、薬投与も1日分マルマルのこっている。いつ1日が無くなったのだろうか。
あっそうそう、EpsonのPrinterがいつの間にか使えなくなって諦めるまでの1日の苦闘があったことも忘れていた。

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