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今さら日イのはてな

インドネシア観光地誌

2020年12月12日 (土)

区別難しいタワー林立 The Tower

9日のブログでSudirman 通りのMillennium Centennial Centerと間違えたCentennial Towerであるが、このビルは小生がジャカルタに居た2017年は建設中で立派なものが建つなぁと思い、且つこの名称に感心していたもので、同じころ少し違うが同じ名前のビルがあるとは思っても見なかったからである。このMillenniumの方のロケーションはTamara Towerの横と紹介したがその隣はInternational Financial Center(ブログ済)でこちらの方の建設中の様子はやはり同じころで覚えているので益々Milleniumが埋没するはずだ。
しかし比較すると
Millennium Centennial Centerは53F建て、開発オーナーはPermata Birama Saktiであるが、小生は薄々これはTan KianのDua Mutiaraではないかと推定している。しかし;
20201209-12Centennial Towerは39階とも40階とも45階ともネットに書いてあるが、オーナーはPT Citratama Inti Persadaであるとして、どのネット記事にも誰でも知っているがごとくこの会社名しかでない。CitraとかIntiが付く名前は多くあるので隠れみのになるのかも知れない。
写真ではここでも、
Manunggal-and-centenial-now-construct小生にはよく覚えているManunggal Towerがあり、その先の高いのがCentennialである。如何に高さが違うかわかる。2014年の写真は建設中である。

The-tower-googそしてGoogle Mapで目に飛び込んでくるのはThe Tower Project Site Office Alam Suteraという字で、これがCentennial Towerになったのかと一時は思ったが、それも間違いでこちらのAlam Suteraの物件は既に完成しており、ずばりその名前もTHE TOWERで別物だとわかった。
The-tower-alam-sutera-dulu此方はAlam SuteraとあったのでMannungalグループになる。場所はCrown Hotelから下ってChandraの手前のKrukut川があるところである。

00mesdjid-gatot-2Centennial Towerはここからもっと下り、小柄だがよく眼に付いた有名なモスクBaitul Mughniの手前である。ここで左手に入る道があり、そこに日系がマンションを建てると言うのでブログにしたことはある。そしてその道がMega Kuningangにつながるのである。
小生に取ってこの二つのタワーもおどろき中のおどろきであったので昔の写真を探すのが目的であった。固有名詞は忘れ、スペルには自信がなく、調査に手まどるのでここまで。

2020年12月 3日 (木)

Batiqaでバーチャル経験

何処でもいいからのんびり出来る観光地に行きたいが、いつも飛び込んでくるのはジャカルタのホテルである。この間はジャカルタのJambuluwukを、名前の不思議さからブログにあげたが、その前はSt. RegisもWestinも上げた。そういえばジャカルタホテル訪問記・ランキングも書いているが、今日はBatiqa Hotelである。

Batiqu-hotel-2Batiqu-hotel-3偶々見たのはBukasiとKarawangのBatikaである。日本企業の進出が集中した地区内であるので出張者には便利だと思いながらGoogle Mapで場所を訪ね、ホテルの内部などもあちこち見て回った。小生は飢えているのか、いつでもバーチャル経験が出来るので安上がりで便利だ。
Bekasiの方はJababeka工業団地に近く、KarawangはSurya Cipta工業団地内である。このホテルのオーナーは将にSurya Ciptaである。
Surya Ciptaと云えばあのアストラのスルヤジャヤ家である。

ホテル名のBatiqaの意味を探し回ったが、Batikがちかいのだろうか。
Batiqu-hotel-1このホテルのレストランはFresqa Restaurant というが名前だが、この名前も以前Westin RasunaにあるFresco Barの仲間のようだが、こちらの意味も不明のまま仕方ない。ホテルの庭も見たのでさぁチェックインだ。
なお、このグループについては11月に大きなプロジェクトの話が報道されていた。 
11/18 スルヤチプタ子会社、パティンバン港近くでスバン・スマートポリタン・プロジェクトを着工、総面積2,700haの内、400haを先行開発するもので、第1期引き渡しは2023年の予定とのことである。

2020年11月19日 (木)

ジャカルタの夜を飾るTELKOM

20201119-2いつからかジャカルタの夜景に大胆なネオン環飾が見られたが、このビルはどこのビルなのか、町のどこに立っているかもはっきりしないまま見過ごしていたが、よくよく見るとビルの下の方の足元に特徴あるArgo ManunggalのビルがあったのでGatot Subroto通りの南側と言うことが解った。

20201117この辺りはサトリアマンダラ博物館の横で昔特徴のある中型ビルが二つ並んでいたので写真は沢山あるが、何のビルかは知らないまま過ごして来た。Googleに頼るとGraha Citra CarakaというのとLIPIの文書センターであった。

00dsc_0205昔のGraha Citra Carakaは元々Telkomの施設でその名前が確認できたが、現在も破壊されずにちゃんとあるようでこれを後ろから抱き込むように新しいビルが建っており、これがあのネオンを飾ったビルであることが解った。Telkom Landmark Towerと言い高さ220mの52階建てである。すぐ横(後ろ)にTelekom Smart Office 21Fも同時に立ち上がって景観が大分変っている。Graha Citraもビル外装がおシャレに改装され名前もGraha Merah Putihとかに変わっているようだ。Towerの方には大型滝が作られレストランなどもあるようなので遊びに行った人も多いのだろう。オープンは2018年なので小生など知らないが当たり前である。昔の写真も添えておこう。Grahaが2009年、LIPIと一緒の遠景は2013年。
Telkom-lipi-2009


2020年7月 8日 (水)

Indonesian Paradise(INPP)の大きさ

Gozali が保有するPT. Indonesian Paradise Property Tbk (INPP)は上場会社の約700社中時価総額で121位、観光ホテル業界では4位と出ているが、INPPの子会社群は相当なものである。00beachwalk-sc-bali
どの写真を借りようかと思うが、やはりバリのリゾートでゆっくりしたいもんだ。

それぞれのプロジェクト毎に会社をつくるのが基本ながら主幹に、似た名前のPT.Indonesia Paradise Iselandがあり、この会社がバリのBeachwalk SC、Sheraton Hotel、Beachwalk res.、Aloft Bali Hotel、Yelllo Hotelを保有し、その他バンドンでは23 Paskal Shopping Center、マカサルではHyatt Placeなど、バタムではHarris BatamとOne Residence とHarris Waterfront、他にYogya POP、Park23 Center Bali、Hotel Maison Bali、更にジャカルタではHarris Suites fX Sudirman、Harris Tebet、Pop Hotel、 Hotel Keraton at the Plaza、Cikini Gold Centerを保有するそれぞれの子会社があり、そしてPT. Plaza Indonesiaが発行した Dire(不動産信託の形?)であのPlaza Indonesiaと Grand HyattとPlaza Office Tower及びfX Sudirman S.C.をもっているのである。言い忘れたがHarris Hotel Tubanは本体のINPPが直営の様である。付き合い程度の物はもっとあるはずだ。
INPPの株主はまず上場というので一般株主がどれほどかというとなんと2.2%であと、18%がらみ3社と37%が1社で意味深であり且つそれぞれニックネーム的名前で会社を示すものがPTであり、Ltd.でありCorpであり、SAである。
Gozaliの名前は出てこないし、ここでは成功の鍵には迫れない。

2020年2月21日 (金)

3D Alive Museum Ancol

大分昔になるが、湾岸高速をアンチョールの東端を過ぎるころ3D(4D?)と書かれた建物があり、気に留めていたのであるが、2016年頃訪問した時は発見することが出来なかった。ちょっと話題が離れるが先週、ここアンチョールに世界的に有名な蝋人形博物館のマダム・タッソウ博物館を置く計画があり、そのニュースがあった。早速調べるとマダムタッソウとは1761年ストラスブルグ生まれでベルサイユ宮殿にも招かれていた蝋人形師で現在世界の20の大都市にこの博物館がある。選ばれた20都市の中に何故か武漢を含む中国が6市もある。米国でも5市で本場ヨーロッパでも6都市である。東京はやっと2013年になって始めてお台場に作られている。それをジャカルタにも呼ぼうというのであるから大したものだと感心し、核心に進むうちにこのニュースは2012年であり、その後ここアンチョールではAncol Beach City モールの3階にオープンしていることが判った。名前はタッソーの名前はなくAlive Meseumと呼称されていた。その隣がStar Meseumも併設されていた。Starというのはスターでアグネスモニカなどの蝋人形があったとか、なかったとか。過去形に表現したのは、現在これは既に閉鎖されているようだからである。ここのロー人形などは韓国の支援があったようだが、とにかく本物ではないのであった。これをジャカルタあれこれ三振のその3としよう。
00ancol-beach-city写真はこのモールの1階駐車場を通り抜けた時のもの。小生のアクセスはここ迄。この時2013年、入り口辺りにも案内ボードなどはなかった。

2020年2月20日 (木)

チキニのバリダンス

Jakarta alertにSampan Bujana Sentra と云う知らせがあった。何か聞いた記憶のある名前で発信元はZomatoであるからレストラン・ニュースである。
開いて見ると住所がJl. Teuku Cik Ditiro II No.1とある。直ぐ思い出したが、ここはGondandiaからTIMの方に向かう道(Cikini I)の手前の小さい方の道(二つ三つある)で、この先が日本料理 菊川でその手前にあったインドネシア料理のレストランで、踊りとか供していたが、どうしたのだろうか。ここで日本人の女性のクラブがバリダンスなども練習していたようだ。
Zomatoニュースには内容は何もなく、小生の知る限り一度閉店した筈だ。 Google Mapで見ると生きている部分もあるので再開したのかも知れない。

 

00p1220162AntaraのTIMのニュースで出て来たバリダンスをブログした後だったので、何か因縁を感じたが、又この近くにバリ州のジャカルタ連絡事務所があり、写真を撮ったことがあるのでアップしておこう。ここは、菊川のある道Cikini IV から直ぐ近くのCikini IIである。 バリ関係のイベントなどで訪問することもあろうか
これもあまり価値あるニュースでなくジャカルタあれこれの三振シリーズその2である。

 

 

TIMは今

 

Taman Ismail Marzuki -- sweet escape in hectic Jakartaという紹介記事がアンタラ通信に出ていた。色々中の建物を紹介しているが最初が古本屋である。Bengkel Deklamasiという名前で1996年以来の営業しているそうだ。もともと芸術関連ということで2万冊あるとのことだが、今は芸術に拘ってないそうだ。昔、入ってジャカルタの古地図など探したが何もなかったことがある。この記事では、無い場合は図書館に行くことを薦めていたが、多分プラネタリウムの横の建物だと思う。Kid Roomも写真付きで紹介していた。その他800人収容のGraha Bhakti Budaya や展示会用Galeri Cipta I,II,IIIも書いていた。
0020100720_dsc01662_20200220112601写真はGraha Bhakti Budayaで奥がCiptaIIIで、右手の見えないところに古本屋がある。Cipta IIは探し廻って図書館の横に発見したが Cipta I は存在しない確信がある。
TIMについてはこのブログでも何十回と書いているが最後は、このTIMが大がかりなリノベをやるというので中断していたもので、何か進展があるかと思ったが何も触れられていない。アンタラ記事には2020年2月17日である。

 

更にGraha Bhakti BudayaではSaraswati Bali art instituteが毎週日曜午前中にダンス教室を開いているとの紹介記事迄あった。 
小生のブログ記事の最後は昨年9月23日に「ワンダーランド TIM その3」というものであったが、多分小規模の改装第1期は済んだのかも知れない。改修計画に触れたのは「TIMとISTIQLAL、二つの改修計画の違い」であった。
さてアンタラの記事の通り工事は中断して今も昔のまま開いているのであろうか。 
今日のブログは、最近、調べても調べても何もなかった徒労が続くが そのジャカルタあれこれ調査三振シリーズとしよう。

 

2020年1月18日 (土)

ウイージャヤ流転

Haji Nawi通りからRadio Dalam通りを北に取り、更に繋がるAhmad Dahlan通りからKH Majaへ、そこから
00torunojoyo-sukanto-musium2010jan

 

Torunojoyo通りにある警察博物館迄ネットでうろついたが、ここのSoekanto像が、Grand Wijayaにもあったことを思い出し、マイアルバムを見ると、確かにあり、その写真に写っている文字からそこはGraha Purna Wiraと言う建物でその前庭にこの像があることを突き止めた。


00sukanto-graha-purna-wira像の裏側に警察のモットーなのかスカントの言葉なのか、何か書かれているので拡大し写しとめた。それには
Jangankanlah kita berfikir tentang apa yang dapat kita bawa dari polri, tetap berfikir lah tentang apa yang dapat kita tinggalkan untuk polri である。簡単に言えば国家警察に期待する事だけでなく警察に残すことが出来るのは何かを考えようという意味であろうか 
そしてGoogle Mapでも確かめたいと思って開いて見ると、そこには、小生の過去の思い出など全て消え失せており、新しい建物が建っている。この銅像もなく、移転したのかなと思ったが、ネットでは昔のGrahaは閉鎖したとのみの一言しかなく、その写真からも、解らなかった。銅像の後ろに立つ平屋のジャワ建物が昔の建物で、結婚式などの式典をやっていたようだった。 

この敷地は広く、昔はそこに韓国食品等が豊富な、韓国スーパーとか、韓国人用土産物屋とか大きな韓国焼肉レストランもあったが。。。全て跡形もなくなっている。
20200117

追:昔の雰囲気とは大違いかな

00gr-purna-wira

 

追:

今朝、再度確認しに行くと 場所或いは建物はGraha Purna Wiraと変わりないようだが、それだと用途も変わりないだろう。そして韓国BBQのChung Gi WaはWijaya 本通りに移ってきていた。多分昔日本料理店があった場所かな? 

Wijaya 通りにはこの並びに、オーナーが自分の趣味で、趣を変え、拡大してきたTee Boxバーラウンジ・レストランもよく利用してきたがあったが、今はRoof Cafeと名前が変ったのだろうか? ただ 奥横のバクワンの店は未だあるようだ。

 

追:Tee-Boxの遠景の写真があった。すぐ隣には日本レストラン Shinmenが見える。 今、Google Mapで見ると TeeBoxのすぐ横はDashiと言う立派な日本レストランとなっているようだ。

当時Shimmenはすぐ横でなく、Darma-Square寄りであると思ったのでChongiwaが、そこの跡に移ったものだと思ったが違うみたいだ。

00tee-box-shinmen

 

2019年12月29日 (日)

じゃかるた浦島その2 S. ブロック M

05543ecfe28c48cb9b7755aa37a054cf_169M Bloc Space
Blok M Squareの近くに確か似た名前のSquareが出来ていたことを知り、浦島第2弾で上げようと思っている内に日日が過ぎて、再度何か付加する話題はないかと検索かけたが出てくる話はBlok M Squareだけである。それもそうである。名前が逆さまだと思って検索かけたのはSquare Blok Mで、本当は M Bloc Spaceであったからである。

 

Mbloc_di1980x719何とか場所をGoogle Mapで探したが、何とか探し当てた場所は、今もってこんな所にと、それも短時間にこれだけものが出来るとはと言う驚きである。 ここの南側はそのBlok M Squareに行けるBlock M Mallの入り口に近いが、

 

Square-2北からはアセアン・センターのトルノジョヨ通りの向かい側の角地で、相当前から昔の造幣局(PERURI)で、古びた空き家の社宅が4~5戸も並んでいる所であったが、シシンガマンガラジャ通りからは1メートルの高さにあったので、こんな所がいつの間にと、驚く訳である。
Square-1しかし此処はバスウエーがブロックMターミナルに左折し入っていく所で、その辺りは段差がなかったようだ。
ターミナルが出来る前は、裏手は人も知る外人遊興地でチャンピオンバーやディスコなどもあったファラテハン地区である。
写真を探して昔と今を比べてみても それ以上説明は出来ない。
今月始め、“ジャカルタ浦島その1”では“212集会とアキラ・コンチ”であったが、現地在住の日本人にとっては周知の事だろうと締めるしかなかったと締めたが、今回も同じである。但し今回は、日本と関係ないので、「ジャカルタ新旧あれこれ」にアップした。

 

2019年9月23日 (月)

ワンダーランド TIMその3

Wonderland TIMその3 two in one

その3はその1で書いたコンサートホール1&2を中心に書いて見る。

20190708-2_20190923110901

TIMは今までにも、小生の記憶の歴史からも、色々新築や改装がなされ、その上、今回又1.8兆ルピアもかけて改装すると言うので驚いたわけであるが、このコンサートホール1と2もいつだったか近代ビルに新装なった一つである。今回のリノべ計画のマスタープランの画像マップを1日がかりで探し出せたが不思議なことに、  この近代ビルはTim-plaza-tkecirjan14-20 20190706-3 この地図には一つしか見当たらないのである。マップでは上部に日本の竹細工の枕元ランプが倒れているように見える建物の事である。

あと不思議に思うのは、あのプールのある隣のホテル(Ibis boutique)の方にはチリウン河までの間に3棟のメンテンパーク高層マンションが建っており、この近代ビルの一つは、背後にこのマンションが圧している写真があり、二つのビルの間には広場で隔たれていることを確信していたが、この広場もこのマップにはないことである。

改装の計画のマップは、これ以外にも見かけ20190706-8たが何れも不完全であった。最後に小生が推定したこのワンダーの鍵はこのコンサートホール1と2は二つが向かい合って別々にあるのでなく背中合わせで、まるで一つに見えたことではないかと言うことである。

ちなみに他の資料を見ると近代ビルの建物の名前はTeater Besar()Teater Kecil()と称したのやら、Plaza IIIと称したものもある。まずこの謎の解明は下に紹介する図面を事実として受け入れると、最初の近代ビルは一つだとばかり思ったがこのビルの正面から左手に抜ける道があり左裏側にも大きな入り口を持つビルがあることになるのである。つまりこの建物は一つに見えるが真ん中で2つに分かれているようである。謎の解明の2つ目はこのTeater Besarはチリウン河の堤防を背中にして撮ったものだと結論した。そうするとあのメンテンパークは背後に写るからである。20190923

最後にその現在のマップで紹介しよう。矢印2の方向から撮った写真がコンサートホール ITeater Besar)で矢印1がコンサートホール2である。広場はチリウン河 川岸に迄ひろげてある。