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今さら日イのはてな

インドネシア観光地誌

2020年7月 8日 (水)

Indonesian Paradise(INPP)の大きさ

Gozali が保有するPT. Indonesian Paradise Property Tbk (INPP)は上場会社の約700社中時価総額で121位、観光ホテル業界では4位と出ているが、INPPの子会社群は相当なものである。00beachwalk-sc-bali
どの写真を借りようかと思うが、やはりバリのリゾートでゆっくりしたいもんだ。

それぞれのプロジェクト毎に会社をつくるのが基本ながら主幹に、似た名前のPT.Indonesia Paradise Iselandがあり、この会社がバリのBeachwalk SC、Sheraton Hotel、Beachwalk res.、Aloft Bali Hotel、Yelllo Hotelを保有し、その他バンドンでは23 Paskal Shopping Center、マカサルではHyatt Placeなど、バタムではHarris BatamとOne Residence とHarris Waterfront、他にYogya POP、Park23 Center Bali、Hotel Maison Bali、更にジャカルタではHarris Suites fX Sudirman、Harris Tebet、Pop Hotel、 Hotel Keraton at the Plaza、Cikini Gold Centerを保有するそれぞれの子会社があり、そしてPT. Plaza Indonesiaが発行した Dire(不動産信託の形?)であのPlaza Indonesiaと Grand HyattとPlaza Office Tower及びfX Sudirman S.C.をもっているのである。言い忘れたがHarris Hotel Tubanは本体のINPPが直営の様である。付き合い程度の物はもっとあるはずだ。
INPPの株主はまず上場というので一般株主がどれほどかというとなんと2.2%であと、18%がらみ3社と37%が1社で意味深であり且つそれぞれニックネーム的名前で会社を示すものがPTであり、Ltd.でありCorpであり、SAである。
Gozaliの名前は出てこないし、ここでは成功の鍵には迫れない。

2020年2月21日 (金)

3D Alive Museum Ancol

大分昔になるが、湾岸高速をアンチョールの東端を過ぎるころ3D(4D?)と書かれた建物があり、気に留めていたのであるが、2016年頃訪問した時は発見することが出来なかった。ちょっと話題が離れるが先週、ここアンチョールに世界的に有名な蝋人形博物館のマダム・タッソウ博物館を置く計画があり、そのニュースがあった。早速調べるとマダムタッソウとは1761年ストラスブルグ生まれでベルサイユ宮殿にも招かれていた蝋人形師で現在世界の20の大都市にこの博物館がある。選ばれた20都市の中に何故か武漢を含む中国が6市もある。米国でも5市で本場ヨーロッパでも6都市である。東京はやっと2013年になって始めてお台場に作られている。それをジャカルタにも呼ぼうというのであるから大したものだと感心し、核心に進むうちにこのニュースは2012年であり、その後ここアンチョールではAncol Beach City モールの3階にオープンしていることが判った。名前はタッソーの名前はなくAlive Meseumと呼称されていた。その隣がStar Meseumも併設されていた。Starというのはスターでアグネスモニカなどの蝋人形があったとか、なかったとか。過去形に表現したのは、現在これは既に閉鎖されているようだからである。ここのロー人形などは韓国の支援があったようだが、とにかく本物ではないのであった。これをジャカルタあれこれ三振のその3としよう。
00ancol-beach-city写真はこのモールの1階駐車場を通り抜けた時のもの。小生のアクセスはここ迄。この時2013年、入り口辺りにも案内ボードなどはなかった。

2020年2月20日 (木)

チキニのバリダンス

Jakarta alertにSampan Bujana Sentra と云う知らせがあった。何か聞いた記憶のある名前で発信元はZomatoであるからレストラン・ニュースである。
開いて見ると住所がJl. Teuku Cik Ditiro II No.1とある。直ぐ思い出したが、ここはGondandiaからTIMの方に向かう道(Cikini I)の手前の小さい方の道(二つ三つある)で、この先が日本料理 菊川でその手前にあったインドネシア料理のレストランで、踊りとか供していたが、どうしたのだろうか。ここで日本人の女性のクラブがバリダンスなども練習していたようだ。
Zomatoニュースには内容は何もなく、小生の知る限り一度閉店した筈だ。 Google Mapで見ると生きている部分もあるので再開したのかも知れない。

 

00p1220162AntaraのTIMのニュースで出て来たバリダンスをブログした後だったので、何か因縁を感じたが、又この近くにバリ州のジャカルタ連絡事務所があり、写真を撮ったことがあるのでアップしておこう。ここは、菊川のある道Cikini IV から直ぐ近くのCikini IIである。 バリ関係のイベントなどで訪問することもあろうか
これもあまり価値あるニュースでなくジャカルタあれこれの三振シリーズその2である。

 

 

TIMは今

 

Taman Ismail Marzuki -- sweet escape in hectic Jakartaという紹介記事がアンタラ通信に出ていた。色々中の建物を紹介しているが最初が古本屋である。Bengkel Deklamasiという名前で1996年以来の営業しているそうだ。もともと芸術関連ということで2万冊あるとのことだが、今は芸術に拘ってないそうだ。昔、入ってジャカルタの古地図など探したが何もなかったことがある。この記事では、無い場合は図書館に行くことを薦めていたが、多分プラネタリウムの横の建物だと思う。Kid Roomも写真付きで紹介していた。その他800人収容のGraha Bhakti Budaya や展示会用Galeri Cipta I,II,IIIも書いていた。
0020100720_dsc01662_20200220112601写真はGraha Bhakti Budayaで奥がCiptaIIIで、右手の見えないところに古本屋がある。Cipta IIは探し廻って図書館の横に発見したが Cipta I は存在しない確信がある。
TIMについてはこのブログでも何十回と書いているが最後は、このTIMが大がかりなリノベをやるというので中断していたもので、何か進展があるかと思ったが何も触れられていない。アンタラ記事には2020年2月17日である。

 

更にGraha Bhakti BudayaではSaraswati Bali art instituteが毎週日曜午前中にダンス教室を開いているとの紹介記事迄あった。 
小生のブログ記事の最後は昨年9月23日に「ワンダーランド TIM その3」というものであったが、多分小規模の改装第1期は済んだのかも知れない。改修計画に触れたのは「TIMとISTIQLAL、二つの改修計画の違い」であった。
さてアンタラの記事の通り工事は中断して今も昔のまま開いているのであろうか。 
今日のブログは、最近、調べても調べても何もなかった徒労が続くが そのジャカルタあれこれ調査三振シリーズとしよう。

 

2020年1月18日 (土)

ウイージャヤ流転

Haji Nawi通りからRadio Dalam通りを北に取り、更に繋がるAhmad Dahlan通りからKH Majaへ、そこから
00torunojoyo-sukanto-musium2010jan

 

Torunojoyo通りにある警察博物館迄ネットでうろついたが、ここのSoekanto像が、Grand Wijayaにもあったことを思い出し、マイアルバムを見ると、確かにあり、その写真に写っている文字からそこはGraha Purna Wiraと言う建物でその前庭にこの像があることを突き止めた。


00sukanto-graha-purna-wira像の裏側に警察のモットーなのかスカントの言葉なのか、何か書かれているので拡大し写しとめた。それには
Jangankanlah kita berfikir tentang apa yang dapat kita bawa dari polri, tetap berfikir lah tentang apa yang dapat kita tinggalkan untuk polri である。簡単に言えば国家警察に期待する事だけでなく警察に残すことが出来るのは何かを考えようという意味であろうか 
そしてGoogle Mapでも確かめたいと思って開いて見ると、そこには、小生の過去の思い出など全て消え失せており、新しい建物が建っている。この銅像もなく、移転したのかなと思ったが、ネットでは昔のGrahaは閉鎖したとのみの一言しかなく、その写真からも、解らなかった。銅像の後ろに立つ平屋のジャワ建物が昔の建物で、結婚式などの式典をやっていたようだった。 

この敷地は広く、昔はそこに韓国食品等が豊富な、韓国スーパーとか、韓国人用土産物屋とか大きな韓国焼肉レストランもあったが。。。全て跡形もなくなっている。
20200117

追:昔の雰囲気とは大違いかな

00gr-purna-wira

 

追:

今朝、再度確認しに行くと 場所或いは建物はGraha Purna Wiraと変わりないようだが、それだと用途も変わりないだろう。そして韓国BBQのChung Gi WaはWijaya 本通りに移ってきていた。多分昔日本料理店があった場所かな? 

Wijaya 通りにはこの並びに、オーナーが自分の趣味で、趣を変え、拡大してきたTee Boxバーラウンジ・レストランもよく利用してきたがあったが、今はRoof Cafeと名前が変ったのだろうか? ただ 奥横のバクワンの店は未だあるようだ。

 

追:Tee-Boxの遠景の写真があった。すぐ隣には日本レストラン Shinmenが見える。 今、Google Mapで見ると TeeBoxのすぐ横はDashiと言う立派な日本レストランとなっているようだ。

当時Shimmenはすぐ横でなく、Darma-Square寄りであると思ったのでChongiwaが、そこの跡に移ったものだと思ったが違うみたいだ。

00tee-box-shinmen

 

2019年12月29日 (日)

じゃかるた浦島その2 S. ブロック M

05543ecfe28c48cb9b7755aa37a054cf_169M Bloc Space
Blok M Squareの近くに確か似た名前のSquareが出来ていたことを知り、浦島第2弾で上げようと思っている内に日日が過ぎて、再度何か付加する話題はないかと検索かけたが出てくる話はBlok M Squareだけである。それもそうである。名前が逆さまだと思って検索かけたのはSquare Blok Mで、本当は M Bloc Spaceであったからである。

 

Mbloc_di1980x719何とか場所をGoogle Mapで探したが、何とか探し当てた場所は、今もってこんな所にと、それも短時間にこれだけものが出来るとはと言う驚きである。 ここの南側はそのBlok M Squareに行けるBlock M Mallの入り口に近いが、

 

Square-2北からはアセアン・センターのトルノジョヨ通りの向かい側の角地で、相当前から昔の造幣局(PERURI)で、古びた空き家の社宅が4~5戸も並んでいる所であったが、シシンガマンガラジャ通りからは1メートルの高さにあったので、こんな所がいつの間にと、驚く訳である。
Square-1しかし此処はバスウエーがブロックMターミナルに左折し入っていく所で、その辺りは段差がなかったようだ。
ターミナルが出来る前は、裏手は人も知る外人遊興地でチャンピオンバーやディスコなどもあったファラテハン地区である。
写真を探して昔と今を比べてみても それ以上説明は出来ない。
今月始め、“ジャカルタ浦島その1”では“212集会とアキラ・コンチ”であったが、現地在住の日本人にとっては周知の事だろうと締めるしかなかったと締めたが、今回も同じである。但し今回は、日本と関係ないので、「ジャカルタ新旧あれこれ」にアップした。

 

2019年9月23日 (月)

ワンダーランド TIMその3

Wonderland TIMその3 two in one

その3はその1で書いたコンサートホール1&2を中心に書いて見る。

20190708-2_20190923110901

TIMは今までにも、小生の記憶の歴史からも、色々新築や改装がなされ、その上、今回又1.8兆ルピアもかけて改装すると言うので驚いたわけであるが、このコンサートホール1と2もいつだったか近代ビルに新装なった一つである。今回のリノべ計画のマスタープランの画像マップを1日がかりで探し出せたが不思議なことに、  この近代ビルはTim-plaza-tkecirjan14-20 20190706-3 この地図には一つしか見当たらないのである。マップでは上部に日本の竹細工の枕元ランプが倒れているように見える建物の事である。

あと不思議に思うのは、あのプールのある隣のホテル(Ibis boutique)の方にはチリウン河までの間に3棟のメンテンパーク高層マンションが建っており、この近代ビルの一つは、背後にこのマンションが圧している写真があり、二つのビルの間には広場で隔たれていることを確信していたが、この広場もこのマップにはないことである。

改装の計画のマップは、これ以外にも見かけ20190706-8たが何れも不完全であった。最後に小生が推定したこのワンダーの鍵はこのコンサートホール1と2は二つが向かい合って別々にあるのでなく背中合わせで、まるで一つに見えたことではないかと言うことである。

ちなみに他の資料を見ると近代ビルの建物の名前はTeater Besar()Teater Kecil()と称したのやら、Plaza IIIと称したものもある。まずこの謎の解明は下に紹介する図面を事実として受け入れると、最初の近代ビルは一つだとばかり思ったがこのビルの正面から左手に抜ける道があり左裏側にも大きな入り口を持つビルがあることになるのである。つまりこの建物は一つに見えるが真ん中で2つに分かれているようである。謎の解明の2つ目はこのTeater Besarはチリウン河の堤防を背中にして撮ったものだと結論した。そうするとあのメンテンパークは背後に写るからである。20190923

最後にその現在のマップで紹介しよう。矢印2の方向から撮った写真がコンサートホール ITeater Besar)で矢印1がコンサートホール2である。広場はチリウン河 川岸に迄ひろげてある。

 

 

 

 

 

2019年9月10日 (火)

MRT東西線の英雄道路 

Jalan Hero sepanjang MRT

地下鉄の東西線や南北線のルートが明確となったので昔、英雄名が道路名に付けられたジャカルタの道路で最大のメーンロードである南北の道路について地下鉄で通ってみよう。この通りは地下鉄の南北線を殆どきっちり合致して英雄名でつないでいる。殆どと言ったのは、南北の終点、北はKampung Bandan、南はLebak Bulus当たりの道は、英雄名ではないからである。

00glodok-plaza-2014-20 初の英雄名の道路はガジャマダ/ハヤッム・ウルックで、これはKota駅の手前のGlodok駅から始まる。Kota駅とGlodok駅の間はPintu Besar(大門)という道路である。Glodok駅はコタの最大の賑わいポイントで右がPinansia、左がPancoranという地区である。Glodok駅の南に下るとMangga Besarであり、ここもコタ最大の遊興地になろうか、更に南はSawah BesarからBuswayの要綱Harmoniに至る。Sawa BesarGenung Safari側にKRLSawa Besar駅があり、それにひっぱられた名前なのであろうか。しかし実際の駅はGajah Madaプラザ近くになるだろう。

Harmoniは宮殿の近くで次に独立広場にあるMonas駅を過ぎるとアルジュナの騎馬戦車像を超えると国家英雄タムリン通りが引き受ける。ここは真ん中のサリーナ・デパートにSarinahと言う駅があり、ここが地下鉄東西線と交差する予定だ。そこから200メートル程度でデモでも有名なBundarang HI(ホテルインドネシア・ロータリー)駅である。ここにGrand IndonesiaとコネクトするHIケンピンスキ・ホテル、Plaza IndonesiaコネクトのGrand Hyattホテル、向かいがPullmanホテル、道路隔てた隣がMandarinホテルと5スターホテルが4っつに組み合っている。スデルマン通りに入る所にスディルマン像がたっているが、このKRLの駅名はDukuh Atasとなじみがないため新しいジャカルタの進行要綱地となるためSudirman駅と名前を変えられたが、MRTの駅はDukuh Atas BNI駅とDukuh Atasと言う名前を捨てきれないでいる。google辞書には小さい村の意味であるのでとんでもないことである。ここから南に下ってすぐのミッドプラザやBOT三菱の近くがSetia Budi駅となり又少し南スマンギ前の少し古びたパッサールのBendungan Hilir駅から、Senayan広場/GBKスタディアムのIstona駅となる。Bendunganとなっているが駅自体はIntilandSampoernaに近い。IstonaLRTなどの乗り換えポイントとなるがここからは証券取引所やリッツカールトン/SCBDを背景に最新のビジネス街となる。その南のŞenayan駅はSummitmasなどに近い。ここ迄がSudirman通りでMRTはシシンガマンガラジャ通りのSisingamangaraja駅から地上高架となる。この駅はBlok-M までの通りの中ほどのASEAN事務局の前にありASEAN駅とも言う。

駅の近くのビル名など挙げても切りがないがSetia BudiではAstraが名称付ける権利を取得したかも知れない。こちらは友人アストラという意味で得をしている。Blok-Mより南のパングリマ通りやファットマワティ通りは一纏めにして駅を数えるとBlok-A駅、Haji Nawi駅、Cipete駅、Fatmaati駅、Lebak Bulus駅終点である。

Google Mapで見て見ると高架はそれほど視界を遮断せず遠くを見通せて明るいものの、コンクリートとホコリで廃れ行く感があるので今少し宣伝をしよう。

Blok Aには30数年行ったことはないが、あそこは完全にリノベされGrand WijayaDarmawangsaにも近いだろう。

Haji NawiにはITC FatmawatiMoebelプラザが今も頑張っている。ITC Fatmawatiには日本人向けのスパーもあった。南に下ると教育省の施設である。JJCの仕事で行ったことがある。次のCipete Rayaはロッテマートに近い。昔は別の名前であったがロッテが買収したのであろう。

その辺から日本人が多かったブミマスアパートがありパパイヤスパーも店を開いていたしKristal Hotelなど地名のTerogonやインターナショナルスクールなども近くだ。

00-rs-fatmawati-2010肝心のスカルノ夫人の名前のファットマワティ通りは正確にはRS Fatmawatiと病院の名前となっており、駅は外環高速下のKartini/Simatupang通りにある。近くに有名なサクラレストラン・ホテルがあったが東急ブランズに代わっているようだ。

2019年9月 2日 (月)

ワンダーランド TIM その2 

ワンダーランドTIM その1を書いて1ケ月以上たったがその2はGaleri Ciptaだ。

0020100720_dsc01662_2019090208400120190706-9 この名前が付いている施設はIIIIIIと三つもあるが、総合案内にはIはない。それはプラネタリウムの裏側、Jassin館がある並びに昔はあったようだが、それがJassin館などに代わったのかも知れない。IIはプラネタリウムの入り口の青い横長の建物のDKI文書館の隣にある。そしてIIIXXIの建物の左端にある。この二つは総合案内によると、絵画や彫刻の展示会或いは短編映写会、セミナーなどの会場として使用してもらうレンタル に供されている。II609m²、III147m²である。いずれにしてもこれらはTIMの大改装でなくなり、別のものに代わっていくのであろう。

上記の通り、Galeri CiptaIIの横はDKIの図書・文書館である。こちらもマイ・アルバムには二つの時代がある。

Tim-perpustakan-jan14-34 Arsip-jayakarta2010jul 一つはDKIの図書館(PERPUSTAKAN UMUM DAELAH DKI)と表示されている建物で写真は20141月とある。

あと一つは20107月で建物にはジャヤカルタ文書館(Arsip Jayakarta)とあるが面だけ見ると大改装が施されているが基本機能は変わらないであろう。そうは言いながら50年の歴史の一部の事である。

 

                                                                     

2019年8月 7日 (水)

Angkeの自然公園

Tempat Wisata Muara Angke

https://www.tagar.idが特集したジャカルタの観光名所としてAngkeなる地名が飛び込んできたがその写真と共に思い出すのは空港に行くときの高速のangke ランプ辺りの水路に並ぶ民家の風情であった。

Tiga-2 つぶだれたような萱葺きの屋根が列を泣いて為して水面に浸たっていた写真であるがアルバムを探すも発見出来なかった。現在では整備され大きな公園などにもなっている。反対側のアンチョールの方から入って来る方は未だ汚いままなので代わりにそれをアップしておこう。

 

Tagar.comの推薦する観光地はレクレーションや自然をテーマとするものでこの特集ではTaman Anggrekのスケート場やKalijodo、Pulau Sribu、Kota Intanなどが紹介されていたが、ここ以外は全部ブログで紹介済だ。ここのAngkeはAngkeでもKapukのMuara Angkeなので北海岸のマングローブ林を整備した自然公園である。

 

 

Tempatpenginapanditamanwisataalamangkeka ここの詳細はむしろhttps://foresteract.comの方が地図付きで詳しい。 マングローブの林の中やかかった木製橋を散歩するかボート遊びをすることだろうか。写真を見ると海上コテッジが連なっているホテル施設もあるようだ。 公園の名前は正確にはTaman Wisata Alam Mangrove, Angke Kapukである。ところがここは2009年11 6日 に「ムアラ・アンケの見直し」と言うタイトルで保護鳥獣の自然保護区としてブログしておりその、それを今、観光目的に整備したものと推定出来たが、上記の二つのサイトには鳥獣保護の字は見当たらなかった。鳥もいなくなったのであろうか。

ここに行くには先に上げた高速のゲートAngkeを通り過ぎ、ずっと先の高速がJORR高速と交差するKamalゲートで降りて海岸に向かってTsu Chi仏教設備のあるPIKの方に行けば着くので今は非常に便利になったようだ。ここからジャカルタ湾シーウオールのD島などにつながる。 

Angkeゲートの近くには列車のAngke駅があり、又有名なAngkeモスクもあるが、行政的にはマングローブのAngkeと共に北ジャカルタ市、Penjaringan郡となる。そしてどちらも近くをAngke川が流れている。Muaraの方がが河口である。