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今さら日イのはてな

インドネシア産業 経済人

2021年4月19日 (月)

ギブラン君のマルタバーは流行

ジョコウイが、大統領の第三期はどうかとの誘いを打ち消したが、今考えると第三期は息子にやらせる腹を固めたと言うことであろう。自分がソロ市長になってから大統領になるまでには2005年から2014年と9年掛かった計算で、子息には3年しかないので、少し無理かもしれないが1期ずらせばほぼ同じ年限となる。影響力を維持できるかが問題となる。息子のソロ市長になったのは長男のGibran Rakabuming Rakaでそのプロフールをみておこう。
Chilipari-2まだ若いが今回、ソロ市長になるまでに、彼は、Chilli Pariという名前のケータリング事業や Markobarとして知られるマルタバク料理事業を成功させた、いわばスタートアップ起業家として名前を為していた。
生まれは1987年10月1日、ソロでジョコウィドドとイリアナの長男で、兄弟にはカヒヤンアユとKaesang Pangarepがいる。ソロで中等教育のあと、シンガポールで高等学校と、シンガポール経営開発研究所(MDIS)で学び、大学はシドニーの工科大学を2010年に卒業している。卒業後ソロで直ぐケータリング事業を開始した。このケータリングの事業は、彼の7つほどの事業アイデアの一つで、両親の賛成を得られぬまま、応募した世銀の支援制度に認められ、ジャワ・日本・西洋料理と工夫をこめて、従業員数百人を雇用するまで伸びて、ウェディングオーガナイザー事業にも拡げ、2015年にMarkobar、2017年にはSang Pisangを軌道に乗せている。自分もソロのプリンセスを射止め今は子供2人に恵まれている。
2018年には友人たちとKerjaholicと呼ばれるフリーランス求人検索アプリケーションを設立しているが、どれもネーミングといい、中々良いアイデアだと感心する所がある。マルタバーはひと工夫で少し元に戻せば、日本でも流行ると思う。
今弟たちと24もの事業を起こしているそうであるがパートナーはシナールマス系Gandi Sulistiyantoとか元アストTP Rachmatら組んでいるがメインは料理関連とデジタルである。最近このbisnis kuliner料理部門はMangkok Kuと言う名前で、とあるAlpha JWC Venturesと言うベンチャーキャピタルが資本を出して来ている。
Mangkok Ku はライス・ボウルの料理で二人が監査役のPT Pemuda Cari Cuanの下である。バックにインドネシア一番のチェフArnold Poernomo と DPR委員会の専門家Randy Julius Kartadinataがいる。Randyは二人と唐揚げ専門のGaaramを立ち上げている。JWCとはJefrey JoeとWill Ongkowidjaja及びChandra Tjanが2015年に作ったVCで東南アジアで23件、50百万ドルの投資をスタートアップ向けに行っている。それらにはKopi Kenangan、Lemonilo、Tanifund、Tanihub、Kredivo、UangTeman、Style TheoryやBoboboxがあるそうだ。
二人は親父さんの力を借りずにやってきたことを誇りにしているが、親会社でもある株主のHarapan Bangsa KitaとかGK Hebatのバックアップがあるものと見られている。このGK HebatがSinar MasやRahmatと繋がっていると言うところで締めておこう。
上の写真は彼らのfacebookからである。下はAHYとMarkobarを一緒に食べている所で順序でも相談しているのだろうか 写真はTribun.jatengより。
Ahydangibranmakanmartabaksemejadimarkoba

2021年4月 8日 (木)

Green Central City Candra Naya

何枚もダウンロードしたGreen Central Cityの写真を整理しょうと思ったが誰のプロジェクトかも思い浮かばなかったので調べると、ついこの間の昨年3月に“モデルングループの力”というブログでモデルングループの本社のあるビルであることなど紹介したばかりであった。
Novotel-candranayaそこはGajah Mada通りにあるバタビア時代のオランチナのカピタンが管理していた言わばグラブハウスのチャンドラナヤがあった所で歴史旧跡で有るので、取り壊しせずにモデルンが建てたコンドミが蔽いかぶさった(収容)形であった。昔は通りからこのナヤを確認できていたが最近の写真では簡単には証明が出来なくNovotel Hotelでどうなったか心配であった。

このナヤについては2012年7月20日に“Khouw家のCandranaya”で謂れを書いていたが、小生の、先を急ぐ癖でミス字多いので昨日修正したばかりである。昔のブログは最早修正できないのでコメントに入れることにして今日、このブログに至ったわけである。再度このナヤを写真観察すると、このナヤはNobotelビルが中に収容しているのではなくNovotelホテル側のビルと後背にもコンドミが二つ有るようで、このビルの間が空間になっており、ここにナヤがあるのだと観察できた。
Candra-naya-green-city二つ前と後ろのビルの間は左右端が3階建てくらいの回廊が塀の役割と屋上散歩道を兼ねていると見た。ここでモデルンと言う会社はPT. MODERNLAND REALTY TBK [MDLN]であるが、今、選択的デフォルト(一部の債務不履行あり)のため、取引停止中であり、あと一つあるPT. MODERN INTERNASIONAL TBK [MDRN]は赤字続きの様である。続ける元気がなくなった。
Image-woning-khouw-yaouw-kee

2021年4月 7日 (水)

Omuni、Ongko、EMTEKに登場ニュースを読み解く

先日のブログの豊通アクシア・アパートメントのロケーションを調べているとき近くにSiloam HospitakもHosana HospitalもOmni Hospitalも、三つもあると頭にあったのであろうか。
Omni-hospital-2今日Omni Hospitalについての相反する二つの記事のに出会って、調べて見る気になった。
一つは“Keluarga OngkoがEMTEKグループのPT.Elang Mediak(EMK)を買収する”というもので (2020.Nov.24) 、あと一つはEMTEK acquired 71.88% of Omni Hospital(2020.Dec.1)であった。
Omni Hospitalは、それを保有する PT Sarana Meditama Metropolitan Tbk(SAME)で上場しているので株主を見に行くと、まだこの会社の株主は変更されてないのか、EMKの名前は無く、親が逆にPT.Omuni Health Careである形である。
オンコーはそういえばこの間、ブログにした通りであるが、確かにオンコーはOmni病院を持っていたことを思いだした。それらの文章を組み立てると、オンコ―が買収しょうとしたEMKは逆にオンコ―がHealth Careを通して持っているSarana(SAME)を買収したようだ。そしてこのSaranaが具体的にHospitals(調べた範囲ではCikarang Bakasi Alam Sutera Pulo Masに病院が有る)を持っていることであり、オンコ―はHealth Careの重要部門である病院を失ったことになる。
株主の変項や役員の変項が公式に登録されない前だと確認は出来ないが、最新の取引所からのニュースではSaranaは更に新株引受権付の増資をやるニュースがあり、その中で既にEMKはSaranaの71.88%を保有している文章がある。既にHealth Careはいないことは確認された。
EMKはこの新株発行を全額応じる計画であり、更なる買収合戦に備えた措置の様に見受けれた。
Pulo Mas にもこの病院はあり、ゴルフの帰りに立ち寄った記憶があるが、この時の写真も紛失しており、Googleから借りた。
Omni-hospital-1

2021年4月 6日 (火)

大TransPark Juanda Bekasiの建設

Transpark-bekasiCTグループが手掛けるの第4タワーのトッピングのニュースがあったが、これは全体で5タワーからなる全体で5,600戸を収容するアパート群を建設するものである。CTグループはインドネシア5指の大富豪らしくアパートのネーミングも宝石で1番目はJade Tower(700戸+α)、2番目がSapphire(700戸) 、3番目Ruby(900戸)、あとTower Emerald と Diamond が夫々1,500戸である。場所は高速道路Bekasi Timurから市中心へ2㎞弱、LRT駅からも1.5kmである。パートの他にオフイス・タワーからTrans Studio Snow Town、Transmart Carrefour、Ibis Hotel、Tran s Studio Mini 及び Kampus London Scholl Public Relation.を建設する。近くにはCT CorpのTheme Park water parkがあり居住者は無料で利用できる。建設はAdhi Karyaであるが、セレモニーには大ボスChairul Tanjungも出席していたので彼にとっても大プロジェクトであったのである。

2021年3月31日 (水)

Jawa posはもう三代目

らしくないインドネシアのメディア・ポータルがある。JPNN.comであるが編集人のプライドからはPT. Jaringan Pemberitaan Nusantara NegerikuであるがPT. Jawa Pos National Network とすると、これは新聞王2番手のJawa Posのニュースポータルであることが自明となる。

Jawa-posジャカルタの本社ビルはhttp://jakartan.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-3376.htmlで既に紹介したクバヨラン・ラマのGraha Penaと言うビルであるが本社はスラバヤで最区の175mのGraha Penaであり、マカッサルにも他の都市にもいくつもペナビルを所有しているようだ。PenaとはPenである。
他にJAWAPOSについてはhttp://jakartan.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/post-c2a4.htmlにも紹介済で新聞タブロイド及び雑誌の出版は2008年で134に上る。これら印刷物の他、スラバヤにローカルテレビのJTVを2002年にスタートさせ、バタムTV、リアウTV、マカッサルのFajarTV、パレンバンTV、バンドンのParijz van Java TV やチレボンのRadar Cirebon Televisi RCTV 更に2008年には憲法裁判TV(MKtv)も追加した。
Fangbian Iskan Corporindo (FIC) データセンターもあるが、メディアを離れた他の分野でもグレシック、東カリマンタンには製紙プラントと併わせて火力発電事業もやっている。
ジャワポスの歴史を補足すると、インドネシアで一番古い1949年にSuseno Tedjo (中国名The Chung Shen)によりラウンチされた。
1982年にTempo誌をやっていたEric F.H. SamolaがJawapostを買収したがその時Tempo Surabayaの局長であったDahlan Iskanをトップに付けた。その購読者はその後増え1990年代に400,000台、現在は870,000部数となっている。
JPNN.comとJawapos.comはどう違うのかと見て見たが結論としては解らない。どちらもジャカルタが本社で同じ本社ビルにいる。編集者の違いはある。
JPNNのサイトの大分類はNASIONAL、POLITIK、DAERAH、ENTERTAINMENT、 TEKNOLOGI、OLAHRAGA、OTOMOTIF、VIDEO、FOTO、INDEKSである。
そしてそれぞれを開くと記事が続いておりread More をクリックするとエンドレスである。
Jawapos.comの大分類はBERITA TERBARU、NASIONAL、IBU KOTA BARU、PANDEMI、ENTERTAINMENT、KABAR DAERAH、SEPAK BOLA INDONESIA、SURABAYA RAYA、JABODETABEKそして中分類にPolitik、Pendidikan、Kasuistika、Pemilihan、Infotainment、Music & Movie、Sepak Bola、Sepak Bola Indonesia、Sepak Bola Dunia、Lifestyleなどがある。
Dahlan Iskanは2013年に国営大臣に抜擢されJawaPosのCEOは子息の Azrul Anandaに譲っている。資産は2018年でインドネシア第95位の$4.55億である。 Azrul Anandaはスラバヤのプロサッカーチームを保有している。

2021年3月30日 (火)

KFCで今もGelaelは有名人

00kfc-gelael2013時々ネットなどで見かけたGeraelと言う名前で、あのスーパーが未だどこかで生きているのかといつも不審に思って来たが、今日何気なくFast Foodと言う会社名に惹かれてサーチを掛けた。
記事の中でこの会社PT Fast Food Indonesia Tbk はKFCをやっていることなどを知り、多くの知識を得た。
KFCと言うのは、今迄関心がなかったので、最近でこそ旨さで人気がある事を認識している程度であった。今日そうなのかと思ったのはGelaelと言うのは会社の名前であったと同時に創業者一族の名前であった事、そして今のKFC事業のバックにサリムグループが有ることである。
小生がGeraelで記憶にあるのは今のパパイヤの前のホテル・Amos Cozyがあった場所にスーパーグラエル(多分KFCもここにあったと思うが記憶がない)があった。
PT. Fast Foodは1978年にDick Gelael が設立、将にこの場所でインドネシア最初のスーパーマーケットを開いたもので、以降もジャカルタ以外もBandung, Semarang, Surabaya, Medan, Makassar及びManadoを含むインドネシアの他の多くの主要都市に拡大し、このKFCブランドを成功に導き、インドネシアで支配的なファーストフードフランチャイズブランドになったのであった。
拡大する資金需要もあり1990年にSalimグループと提携し、1993年に上場(コードはFAST)した。現在の株式保有はGelael一家が44%、SalimグループPT.Indoritel Makmur Internasional Tbkが36%である。又現在の役員はAnthoni Salimが会長、副会長はNoni Rosalia Gelael Barki、あと監査役に奥方だろうかElizabeth Gelaelと社長は子息のRicardo Gelael(Sun Francisco大卒)がやっている。
ただこの未曾有のコロナ禍の中、PSBBの為、決算は惨憺たる状況で既に昨年末33店舗(今も続き117とか)の閉鎖などがでてきているが、心配だが未だ全国165都市に740店舗を持つそうだから頑張ってほしいものだ。 (ちなみに日本は1,140店舗)

00kfc-haryono-utamaFast Food社の本社はHaryono Kav. 7にあり小生が写真に撮った冒頭の写真の2013年には、ここの1階にGelael Pasar Swalayanがあったが現在はスーパーは無くなっている。インドネシアのどこかには、まだ残っているのだろうか(この部門ではSalimと袂を分かった記事もあるが追わない事とする)
Ricardoの息子にSean Gelael (Muhammad ..Ricardo )がいるが彼はFIA Formula 2レースで活躍しているようだ。

2021年3月29日 (月)

Clay JakartaとBlue Sapphire、Baliとの差

Clayと言うHotelの名前がある。 地下鉄BNI近くで良いロケーションであるので、それが上場まで果たしたこの会社の背景かと思ったが、大分様子が違う。00clay-blora-gooまずロケーションはBNI駅の近くではあるがTosariとかPromenade側でなく、Blora 側であった。
00blora2010
マイアルバムではタムリンからスディルマンに向かう道から見た古い建物が並ぶ地区で2010年の写真ではPolekoビルの左側のビルがそれになったのであろうか。この地区はいかがわしい感じが漂う地区なので一寸開発が遅れているようだ。いかがわしいとは書いたが日本のカラオケもあったり、アメリカンパブにも行ったことはある。しかしこれが彼らの代表物件ではなく彼らの本拠はバリのようだ。バリでは
Infamy Rooftop Lounge やBlue-sapphire-baliBlue Sapphire Club and Bar或いはThe Stone Entertainment Centerを持っている。
会長はGajah Mada 大卒のRAJA SAPTA ERVIAN でPT. Citra Putra Mandiri (OSO Group) を率いている。 苦しい時代COVIDを生き抜いて欲しいものだ。

2021年3月26日 (金)

チプトラのチラチャス

Citra-ciracas
Citra Landmark Ciracasと言うタウンシップ構想はその話をクリップしていたが、Ciracasと言う懐かしい地名で、もしやと、その場所を探して訪ねて見た。予想はずばり、こここそ小生がインドネシアに初めて駐在し、2年ほど勤めた工場跡地だったのである。ここには小生ブログで訪ねたことがあり、直近では昨年10月であり、その前の2月に、計画ニュースはキャッチしていたものの結び付けることはできなかったものだ。ここはボゴール街道26㎞で土地11haに11棟を建設する計画でジャカルタでは初めてのTODとされていた。最初にDen Haagなどと名付けた2棟1,200戸を着手するらしい。あの工場の売却先も繊維会社(Trisula Corp)であったがやはり、立ち行かず、この土地を供出してプロジェクトに参加している。
日本のTODと言えば、通勤電車線も建設するものであるが、ここは国営建設のAdhikaryaがLRTを建設しており、近くにCiracas駅が既に設けられたはずだ。
昨年10月の訪問時の写真には建設仮事務所とブロック塀の向こうに日本人が住んでいた住宅が見えるもので、感慨一入という所である。

2021年3月23日 (火)

ニュースポータル・Okezoneの実力

JakpatNetの一寸古いニュースではインドネシアでアクセスの多いMost Popular Portal 5と言うのが出ていたが総合ポイントでDetik、Kompas、Tribunnews、Liputan 6、Okezoneであった。満足度ではOkezoneがTribunnewsに次ぐ2位でもあったがこれは2016年の事である。

2021年2月時点でSimilar Webによると、Tribunnews.com、tokopedia、detik.com、、、idntimes.com、Liputan 6となるが、不思議なことにOkezoneはない。別の統計サイトAlexaというランキングサイトではOkezoneは1位である。

そのALEXAの世界ランキング統計では国別ではインドネシア1位のOkezoneは世界22位で、Tribunnewsが世界の50位としてランクインしている。上記のSimilarWebの世界ランクはTribunが157位でOkezoneは2884位であったためであろう。

OkezoneはOKゾーンと読む(呼ぶ)もので、あのMNCグループが持つポータルである。MNCグループはインドネシアでは特にTVがメインのメディア1位・2位を争っている。TVのRCTI、MNCTV、GTV、INews及びMNC Visionをもっている。サイトに立ち入って精査してみよう。
Mnc-okezone
Okezonoのサイトhttps://www.okezone.com/のホーム(Branda)の大分類はNEWS、FINANCE、LIFESTYLE、CELEBRITY、BOLA、 SPORTS、TRAVEL、IDX、CHANNEL、HIGHEND、MUSLIMというものでHIGHENDというのは彼らの出版雑誌であるが、分類はごく一般的である。
この大分類をクリックすると、ペイジでなく別のサイトに飛ぶ。例えばNEWSならhttps://news.okezone.com/nusantaraで、そこには更にNEWSの細目でHOME NASIONAL MEGAPOLITAN INTERNATIONAL NUSANTARA KAMPUS INFOGRAFIS FOTO VIDEO INDEKSに分かれるがその小分類には更にHeadline NewsとTepopular(人気)及びTerbaru(最新)に区分されたニュース項目がアップされている。NEWSのNUSANTARAには全国を9地区に分けてそれぞれ同じ体裁での地方ニュースがある。元に戻って例えばLIFESTYLE大区分もそこに飛ぶと細目がHOME、BEAUTY、FASHION、FOOD、HEALTH、LIFE、TECHNO、LUNCHBOX、LETTER、FOTO VIDEOと別れ関連ニュースが同じスタイルでアップされている。
一応全体にニュース記事が主体となった編成であろう。但しこのホームページには検索機能が見えなかったが、クリック・スクロールアップすると、MNCグループの全体の分類が現れ、そこには検索もある。
ここでMNCグループの大分類としてOKEZONE TV、SINDONEWS.com、INEWS.comがある。OKEZONE TVはその下にRCTI.com、MNCTV.com、GTV.comと夫々のサイトに飛べるし、他にIDX.com、MNC Shop.com、MNC Trijaya.com、VisionPlus.com、Booking Hotel.com 他多くのサイトに飛ぶことが出来、それぞれのTV局ではTV配信を見れるし、又Radio局(Radio GlobeやSindotrijaya)もある。つまりここはTVを征するMNCグループの牙城であり、OKEZONEと言う外部にはポピュラーでない名前を使いながら、インドネシア・トップサイトになったりする理由が、このMNCグループの大ツリーとしてあったのである。

2021年3月22日 (月)

マカッサルの大物、並び立つビル


Fajar-bosowa-kalla-towerスラウエシにはKoran Fajarという日刊紙がある。いつからか小生のスマホの画面にキープしているが、多分RizekiやBaswedan騒動時代からだろう。つまりは全国誌なのである。スマホにキープしたのはそのオンラインニュースサイトでFajar.co.idである。
社主Alwi Hamuは1944年パリパレで生まれで学生時代、元副大統領のJusuf Kalla 達とジャワの学生運動KAMIと連動したHimpunan Mahasiswa Islam (HMI)を組織し月間誌“IDJO itam BERDJUANG”.を発刊したことで有名である。Fajar 誌は1981年10月発刊で、国内での主要メディアとなっており、彼はプレス企業連合(SPS)を組織した活動などもあるが、このニュースポータルfajar.co.idは1996年にPT. Media Fajar Koran の下に開始し、2015年にジャカルタ(Kebayoran Lama)のGraha Lembangにジャカルタ本部を開設し翌年PT. Fajar National Networkとして全国ニュースポータル化している。
彼らの本社はマカッサールの高層ビルGraha Pena Fajarにあり、プレスの他にセメント工場も持っている。このビルは2007年17階建てで建設され当時はマカッサル第一であった。
セメントと言えば同じスラウエシのセメント王 Bosowaの Aksa Mahmutが居るが彼は2008年23階建てのBosowa Towerを建築しGrahaPenaFajarを抜いている。翌年Jusuf Kallaも自分のタワーKalla Tower (Wisma Kalla)を建設した。此方は15階建てながらこの三つが仲良く建っている様は、多くのビルが立ち並んでいる現在のマカッサルでも、この三つは友人3人を象徴している。
冒頭の写真は同じ思いがしたであろうhttp://bonthain.blogspot.comから借用した。
00-raja-drone-makassarそして下はRaja Drone Idから借用したマカッサル空撮である。見れば見るほど行けばよかったと思われる。
尚、Graha PenaはSurabaya にもあり175mのスラバヤ最高のビルである。所有者はマカッサルと両方ともJawa Posグループである。

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