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インドネシア産業 経済人

2021年1月19日 (火)

プレマンに近いかKurnia Tetap

何故か気になって却って長く放置してしまった名前にKurnia Tetap社のIshak Charlie氏がある。ダウンロードしたWikiがあるので、それによると、彼は53年生まれでその時66歳だと言う。Ishak Charlie (李振合) の事業はプラスティック、紙パ、パームオイル及び建設で、2016年まで35年間 PT. Arga Citra Kharismaで富豪にランクされてきたというものである。こっちが35年間も気づかなかったのだろうかと疑いたくなる。

一方、2017年のGlobes AsiaにはA Siang Rusli 54歳、メダンを本拠にKurnia Tetap Mulia社を経営しており、JW Marriott hotel、Medanなどいくつかの不動産を保有していると出ている。Ishak Charlieとは親戚(? related)にあたるパートナーとある。

元に戻ってwikiではIshakは1988年にPT Anugrah Tambak Perkasindoで養殖エビをやり、養殖地は435ha迄伸ばし2,002年にはその名前で上場を果たした。そうしてその後プラスティック、紙パ、パームオイル及び建設と多角・拡大を図っていった。
2003年にPT. Ciputra InternationalとメダンでCitra Garden を開発メダンのアイコンとなる。
2006年に不動産開発のPT. Kurnia Tetap Muliaを設立し28階建てのB & G Tower/JW Marriott Hotel Medan を建設、
Building120012年にはPT. Arga Citra Kharismaと同じくメダンで、ビジネスセンター、モール、アパートメント、ホテルからなるスーパーブロックCenter Point Medanを開発し5,000人を雇用しているというものである。

訳は分からない話であるが、冷静に考えるとここには二人のメダン富豪が出てきているのだ。共通点は JW Marriott hotelであり、これの運営会社Karnia Tetapがあるが、二人は親友であり、Asiang氏はメダンの夜のゴッドファーザーと緊密であるので、悪い噂の方が多かったようである。
しかしゴッドファーザーは2009年に70歳を迎えずにお亡くなりになったのでDekacitaをささげる

2021年1月18日 (月)

GreenfieldsもJaphaもシンガポール


Reenfield-brand12月のニュースに飼料会社のインドネシアの雄Japfa社がGreenfieldsの株の80%を手放した報道があった。
買い手は TPGキャピタルとノースターで売却金額は、計2.4億ドル。(12/7)
Japfaの代表者Handojo Santosaはあの有名なオメトラコ・グループの、総師の息子であるが、既にブログで言い尽くした筈であるので、このミルク産業もあったのかと記憶の隅にもなかったことに驚いている。
何よりもGreenfieldsの名前はブラザーズ・フォーのポップスがあまりに有名で、こんなブランドのインドネシアミルクが産業の一隅にあったことも初耳なのである。
WikiにPT.Greenfieldsがあり、この会社は意外や、生まれは遅く1997年、豪州の会社とインドネシアのJapfa社との合弁であった。乳牛は豪州より輸入し海抜1,200mの避暑地のマラン高原に牧場(172ha)を開き、出荷は2000年である。乳牛6千頭で30百万リッターの生乳の生産量である。(乳牛頭数は最新では16,000頭である)
そしてミルクだけでなくチーズ・クリーム・ヨーグルトに拡大、生産の50%は Singapore、Malaysia、Hong Kong及びPhilippinesなどに輸出されている。
株売買の話をも少し掘り進めるとJapfaが売った株というのはインドネシアのPT.Greenfieldsの親会社であるシンガポールのGDS社の株で残りの20%は保有しているとのことでミルク産業から手をひいたわけではないことがわかった。これからの成長続ける産業であるので、これが最初の疑問だったもので、売り先の得意分野のリテールを生かす戦略提携ともいえようか。いずれ、ローカル産業と思えたミルク産業をもっと勉強して見ることにした。


2021年1月15日 (金)

Shinta女史は猶Sintesa Group

Sintesa-mar15高齢となったJohnny Widjaja氏の事業会社Groupは娘のShintaが引き継ぎShinta Groupとなっているように見掛けたが未だSintesa Groupだ。彼女は実際は結婚して相手家の名前になるはずだがWidjajaを捨てきれず相手の家名と重ねている。この辺り自由なインドネシアの慣行は理解せねばならない。
ネットの紹介文では彼女は PT Sintesa Group TbkのCEOであり、インドネシア商工会議所(KADIN)副議長、インドネシア雇用者協会(APINDO)、国際商工会議所(ICC)、インドネシア持続可能な開発ビジネス協議会(IBCSD)の会長、インドネシアビジネス連合(IBCWE)の創設者、APECビジネス諮問会議(ABAC)インドネシアのメンバーなど数多くのビジネスと社会活動にも関与。 また、持続可能な開発のためのグローバル投資家(GISDアライアンス)に参加するための30のグローバル企業リーダーの一人として国連によって選ばれ、2017年には、2012年、2013年、2015年、2016年)に続きFORBESアジアの50人のパワフル・ビジネスウーマン、2017年にビジネス・インドネシア賞の最優秀CEO30人賞を受賞し、スウェーデンのカール16世グスタフ国王とベルギーのレオプルド勲章司令官によって極星の司令官、そして2019年、アジア企業優秀・サステナビリティ賞(ACES賞)で女性起業家賞を受賞している。 彼女は1989年にニューヨーク州バーナード・カレッジ・オブ・コロンビア大学を卒業し、2002年に米国マサチューセッツ州ボストンのハーバード・ビジネス・スクールでエグゼクティブ・エデュケーションを卒業している。
父は娘の優秀さをみこんで アジア通貨危機・インドネシア国家危機の最中の1999に譲っていいるのであって、その時は彼女は30代の若さであった。その時がSintesaグループの生まれである。彼女が高校生の時代から夏休みなどMNCなどでのインターンでビジネスを学んだ。父は困難の解決判断力、素晴らしい情緒、未来ビジョンにあふれ、いい聞き役でもあり、多くを学んだと述解している。
父の偉業のお陰の事もあるが、その天分、努力で素晴らしい経歴である。ビジネスの方は16の事業会社で不動産、エネルギー、工業製品、消費財を扱っており、少し中身に入って見ると;
PT. Widjajatunggal Sejahteraがグループ内投資会社を担い、不動産部門もPT Puncak Mustika Bersam他の会社名で物件を運営しており、ジャカルタのDuta Building、

00-peninsula-hotel20100601Menara Peninsula、Paramount Hotel、プラウスリブ島のHiyu Permai リゾート、Minahasa Permai Resort、他 Manado, Palembang, Baliに物件がある。エネルギー部門にはBanten Geothermal、Muara Enim gas and steam power plantがある。
上場会社に二つはあるが、上述ネットの紹介文にあったSintesa Group Tbkは存在しない。その二つを IDNFの紹介文を引用する。
PT. Tigaraksa Satria Tbk(TGKA)は、いくつかのプリンシパルの製品の販売に従事しています。 さらに、当社は複数の企業に投資しています。 当社は、Crystal Dentiss、Blue Gaz、Always AheadおよびTira S&D Systemの商標を所有しています。 当社は1988年に商業運転を開始しました。本社はGraha Sucofindo。
PT. Tira Austenite Tbk (TIRA)は 消費財および技術製品の売買、製造、プランテーション製品、鉱業材料、その他の化学材料から派生した商品の生産に従事しています。現在、当社の事業活動は、工業用ガスの流通、技術製品の売買、製造を行っています。1974年に営業を開始。
ビジネス面も多彩であるが、ビルの風景が好きな小生には、それを除くとあまりピンとこない。本社ビルDuta(R.Said)、Peninsula Hotel(S.Parman)である

2021年1月14日 (木)

Cherie 女史はまだGajah Tunggal

00wisma-gajah12追われているSjamsul夫妻を両親にもつ娘さんのCherieさんはどうしているか気になったがまずは二つのニュースから活躍されていることを確認した。
一つは東大も協賛した2020TOKYO FORUMのスピーカーとして招かれたものである。Forumのテーマは“人新世における人類共有の地球環境”とか高度な話であるようだが、彼女Cherie NursalimはGjtiの副会長の肩書であった。
あと一つはGiti Tire Groupの動きとしてP4G((Partnering For Green Growth and Global Goals) という新しい環境活動を拡大するグループ内P4G委員会を設立しコミットをしていく中で彼女が委員に選ばれたと言う事である。

Forumの紹介文から要点を引用すると
Cherie Nursalimは、アジア太平洋地域全体で世界的に有名なブランドと提携している不動産開発、製造、消費者ライフスタイルのプレゼンスを持つ多様なグループであるGitiGroupの副会長である。彼女はまた、インドネシア共和国政府の特別顧問でもあり以下の要職を務め、且つ褒賞を受けている。 国際商工会議所(ICC)の副会長、Publicis Groupe、IMAGINE、Business and Sustainable Development Commission Global Blended Finance Taskforce、Partnering for Green Growth(P4G)の役員、国連持続可能な開発ソリューションネットワークの東南アジア支部と清華大学東南アジアセンターの議長、United in DiversityFoundationおよびグローバルパートナーとのTriHita KaranaForumの共同創設者、MIT Sustainability Initiative Sloan School of Management、Columbia University、Nanyang Technological UniversityのNanyang Business School、およびインドネシア大学の気候変動研究センターの諮問委員会のメンバー、シンガポールサイエンスセンター、ワールドグリーンビルディングカウンシル、グローバルおよびアジア慈善サークルの理事、上海政府からBaiyulan Awardを受賞、Gardens by theBayの創設委員会としての役割に対してシンガポール国家開発省から授与、インドネシア政府、UNAIDS、および国際労働組織から受賞、GT組織のためにインドネシアでHIVAIDS認識のためのイニシアチブを開始している。 Nursalim氏は、オックスフォード大学で工学科学と経済学の学士号を、コロンビアビジネススクールで経営管理の修士号を取得し、ハーバードケネディスクールのWEFヤンググローバルリーダーを卒業、以前、ハーバードビジネススクールでリサーチアソシエイト勤務したこともある。

凄い肩書であるが、量が多いので、いつもの半分掛け評価したくなる。というのはこの人とインドネシアのPT Gajah Tunggal或いはGitiとの関係を自分なりに確認できなかったからである。Giti Groupの副会長というのでその様な会社でもあるかと検索してもそれもTokyo Forumで、Giti Group, a diversified group with real estate development, manufacturing and consumer lifestyleとしかなく、不動産の物件も製造の会社名もない。この大元はなんとLikedinの紹介文なのである。 Gajah Tunggal(GT)と言えば有名なのは両親がイ政府BLBI救済資金の返済問題で国外脱出しているので、もはやNursalimファミリーは株の保有は失ったと思っていたのである。現在の株主は機関投資家と思われるDenham Pty Ltdが49.5%、一般株主が39.3%、そしてタイヤ大手Michelinが10%であるので、創業家が保有していても1%以下となるのか、或いは機関投資家の名前をかりているのだろう。別の資料ではシンガポール上場のGiti Tire Pty Ltdが49%保有していることを見ているので、次は役員から攻めて見ると、GTの会長は警察畑のSutantoであり、副会長はTan Enk Eeとあり、関係なさそうである。辛うじて親戚?のGozaliの名前が見える。さすればGiti Tireの株主から攻めて見ようと、苦心の末、Annual Reportがあって、安心もつかの間、この冊子は関係のないレースや自動車の写真ばかりで数字・固有名詞がないしろものであった。唯この会社こそ世界に伸ばしたGiti タイヤの総本山であり、この会長はEnki Tanという名前は確認できた。 そしてとうとうたどり着いたのはアジア慈善団体の5人の慈善家の中にこのCherie女史があり、それに
Cherie Nursalim considered herself somewhat of a ‘greenie' until she met her husband Enki Tan, a board member of Conservation Internationalとかかれていたのである。
Giti Tire=Gajah Tunggalはインドネシアで2輪車タイヤからスタートして、現在世界の10位見当のタイヤメーカーである。その中身に入ることもなかったが、何にももしてCherie女史がまだGTに力を保有している事さえ解ればそれでいい。
Cherie女史については2009年5月にアジアの慈善家として既に紹介しており今見ると、ちゃんとEnki Tanの字も見える。もっと早く見ておれば回り道も少なくて済んだはずだと臍を噛む。

2021年1月11日 (月)

二人のWidjaya、Reggy とJohny

丸紅のMM工業団地地区内でVasanta Inoparkを仕組んだグループのリーダー、Reggy Widjayaを新進実業家と呼んだが、同じファミリーネームの富豪が居たので、これこそ係累だと疑ったが、ネットで探す限り、積極的記述はないので、関係ないことが解りホットした。
Sintesa-mar15-21
その富豪の名前はSintesa グループのJohnny Widjaja であるが、2018年のGlobe Asiaではインドネシア富豪第108位で純資産は$315百万である。彼は兄のロバート・B・ウィジャジャと共に1959年にPT.Tigaraksaを設立、父Oey Kim Tjiangが1919年に始めたゴム農園を元に、その後多くの外国企業と提携した貿易・流通ビジネスを携わって来て、現在は事業会社16社~18社を擁するSintesaグループを形成した。グループの柱は不動産、消費者製品、工業製品、エネルギーの4つのビジネスである。彼は既に86歳ともなり、Sintesaグループの事業は娘のShinta Widjaja Kamdaniに引き継がせている。彼女は2012年Forbes Asiaの最も力ある女性実業家として表彰され、経団連(KADIN)副会頭や、経営者協会(Apindo)の女性会長を務めている。驚くほどの国際的或いは社会的活動をしておられるので女性版で別途紹介することとする。グループの上記会社の内、上場会社はPT Tigaraksa Satria (consumer products) と PT Tira Austenite (industrial products)があり、グループ本社は不動産子会社保有のMenara Duta(ラスナサイド通り)にあることだけ紹介しておこう。
なお、同じ名前の人が、現在、シンガポールの水処理会社Hyfax 社への再建(?)活動している方がいる。中部ジャワでHavilahという工業団地を開発中ともあるが57歳とあるので別人ながら、記録として付記しておこう。

2021年1月 7日 (木)

インドネシアEV社会へ急進

Ev-bus-from-tempoco年末にかけて、EV用バッテリーの事業が相次いだ。最後の30日にはBKPM長官の口から韓国とインドネシア国営企業とのバッテリー事業総投資1兆円規模の話が具体的に出された。韓国はLGの子会社、イ側はプルタミナ以下、数社が入るだろうか
話題の中部ジャワの新工業団地Batang地区でこの3月までに着工する計画という。18日にはイ韓パートナー条約が調印され、この計画がそれを象徴するかの如きニュースであった。
中国も12月15日CATLを通じて海事相の口からの発表となったが、此方は50億ドルの投資でリチウム電池の生産で2024年操業を計画している。国営Antamとニッケルの供給には精錬地を除き合意されているようだ。
その前10月のニュースにはインドネシアのMining and Industry Indonesia (MIND ID)から日本も、中韓とのバッテリー生産事業合弁に参加しないかと誘われていたようだがタイトルは
Japan Mulls Joining China, Korea to Build EV Batteryとなっていた。迷っていたのであろう。それよりも自動車自身にのみ関心があるのであろうか。MINDとは日本が苦労の末に成功させたプロジェクトであるアサハンアルミの会社イナルムが、Antam・TIM・Freeportなど錫やニッケルの事業会社を統括する役目を持たされた国営会社である。
EV生産にはテスラがデレゲーションを組んで訪イしたニュースやベンツの関心などの軽いニュースの他、特に現状を示すニュースはないが、2019年末には日イでEV生産を検討中のニュースや、ジョコウイはEVなら新キャピタルでとぶち上げていた。
Ev-pertamina-charge-st-from-tempo-coEVの充電ステーションはプルタミナが第1号を用意したし、どんどん動き出すのであろう。

追:韓国は、現代自動車がブカシで$15.5億投資の、EV自動車工場を建設中で22年に完成し、上記LGバッテリーを装備して打って出る総合計画である。インドネシアの電動化計画は2025年を第1次数値目標を設定している。両国ともそのスケジュールに間に合う。電動化すればエンジンなど自動車の重要部分がいらなくなり、多くの下請けメーカーにとっても対応が必要である。

2021年1月 4日 (月)

Delfiチョコレートがシンガポールへ

Product-delfi
2018年のインドネシア富豪に、チョコレートのPetra Foodの会長の名前があった。68歳でJohn Chuangという名前でチョコレートはあのSilver Queenである。会社名Petra Foodで検索すると後ろにLimitedが付いたシンガポールの会社であった。不審に思ってabout usをクリックし、ちょっとTVによそ見をしていると、そのサイトはPetraでなくてDelfiの名前となった。又不審に思ってやり直しても同じで、よく見るとDelfi LimitedとLimitedが小さくついているのに気が付き、文中に、Formerly known as Petra Foods Limitedとあり、2016年に会社名変更していたことが解った。そしてJohn Chuangも一族のJoseph も Williamも全て見ると皆シンガポール国籍となっている。そしてGlobe Asiaとは別の経済紙Forbes Asia誌で検索するとこのJohn氏は、2016 Singapore‘s 50 richest Net Worth US$615mとして紹介があるのである。氏はこの時点で72歳とある。
多分この立派な経済紙でも、2016年時点の話を、2018年版にそのまま使用したのであろう。

Petraは1950年代からインドネシアでカカオ原料の生産企業で成長してきて、フイリピンにも工場を持っている。ブランドはSilver Queen、Delfi やCeresなどがある。インドネシアには全ブランドあると思うが会社が理由として挙げるブランディングで会社名をDelfiに変更する理由は見当たらない。何より増して現在の売り上げの3/5以上はインドネシアであることも疑う理由となる。いずれにしても、彼らは国籍迄変更して会社もろともインドネシア脱出をしていたのである。
あと断片的だがDelfie LimitedのARから拾うと
2019年 売上US$472m、純利益 28.5m 時価総額 228m
CEOに 未だ、John Chuang Tion Liepがおり、DirectorにJoseph Chuang Tiong Liepもいる。インドネシアの片鱗としてPTとしてPT Nirwana Lestariや PT Perusahaan Industri Ceresが見えた。


2020年12月20日 (日)

ABCのABC

長くジャカルタを離れてギョッとしたのはあのABCはKraft Hainzのブランドになっているという記事に遭い、それならバッテリーはどこに行ったのか、Nu GreenTeaも持っていかれたのか、お菓子類はどうしたと疑問が噴出した。
その記事は“PT Heinz ABC IndonesiaはKraft Hainzのインドネシアの子会社でケチャップや飲み物のブランドのABCは元PT. ABC Central Foodが1999年に買収された”と言う古い話なので、びっくりするのはおかしい話だったのだ。これは単なるこのfood部門の会社の売却であったので他のグループの製品は変わらない。そういうことは全て小生のシリーズで2016年5月に触れている。そういうことで記憶が無くなった上の早飲み込みであった。
Abc-ot
そこで昔の論述をアップデートしようとすればグループの全体図と大きな歴史の補足であろうか。
Globe誌の2018年版富豪リストでは、グループ代表の Husein Djojonegoroは68歳で資産12億ドルの43位にランクされているOrang Tua グループであるとなっている。
しかし全体を言うならABC Holdingから始めるのがいい。このサイトにグループ会社のロゴがあり、これの会社名をリストすると以下となる。

PT. International Chemical Industry
PT. Tri Sumber Makmur Indah
PT. Hainz ABC Indonesia
PT. ABC Everbright
PT. ABC Kogen Dairy
PT. ABC President Indonesia
PT. ABC Anugrah Persada Alam
PT. Orang Tua Group
まずはこの中に売ってしまったHainz ABCがまだあるが、別途調べると1995年70%がHainzに渡したが未だ持ち分が残っており合弁として名前も残っていることが解る。
次にPT. International Chemical Industryを見るとこの会社がバッテリーを作っている事、この部門会社はメダンで1959年Chandra Djojonegoroが設立したPT Everbright が最初の工場で、現在3工場目のPT Hari Terang Industrial Co. Ltdがあり、LEDにも進出している。
そして紛らわしいのが、PT. ABC President Indonesiaで、この会社が、このNu Green Teaと、インスタントのMi ABCを作っている。会社名の謂れは、親のPT ABC Central Food(Husain Djojonegoro:PT ABC Holding)と台湾のUni President Cooperationの合弁であるようで、設立は1991年である。その合弁のことが今年の1月、カラワン工場拡張ニュースで触れられていた。PETボトルで画期的Nuの販売は2005年開始で、2014年にNu Green Tea Royal Jasminを売り出した。
PT ABC Central Foodを売却時、その移行の詳細は不明であるが、現在食品関係はPT. Orang Tuaが担当している。グループの名前でもあるOrang Tuaで日用消耗品迄製造品目を拡大している。1948年スマランで最初伝統的健康飲料から始め、それに近代的パーソナルケアーの製品迄加えている。1984年の歯磨きペーストと歯ブラシのFormulaの他、 お菓子・ワッフル・飲み物のTango、ビスケッのKlopやOops、チョコレートにFullo BlastoやCanon Ball、ジェリーのVista、プルメンのMintZ、飲み物はTeh Gelas、女性健康飲料Kiranti、サニテーションPrime Protect等々拡大してきた。
1995年 OT の会社名とロゴを設定、販売は子会社のPT. Arta Boga Cemerlangが担当している。

2020年12月 9日 (水)

Marriott Mutiara 米イ豪日

大分古いが2017年度発表BCIアジア選出のインドネシアデベロッパーランキングに名前を聞かない会社がいくつもあり、不思議な気がした。最近凄い会社だと思って取り組んでいると、汚職まみれであったり、日本企業でも、悪徳CM商法がまかり通っていることもありそうなので、このシリーズではWaspadai(警戒し)取り組んでいる。
このランキングを使って知らなかった部分を探してみよう。
まずランキング6位は日本語の紹介ではパーマタ ビラマ サクティ (Permata Birama Sakti PT)となっている。説明には;

Millenium-centenial-tower「2017年、プロパティ レポート社 (Property Report) が選ぶベストランドスケープ建築アワード (Best Landscape Architectural Design Award) をミレニアム センチュ二アル センター (Millennium Centennial Center) が受賞しました。これまでに、3つの商業施設、2つの民間アパートメント、2つのホテルの開発を完成させました。主なプロジェクト: シェイレンドラ (Sailendra)、アイルランガ (Airlangga)」とある。
上記の説明で小生が聞いたことがあるのはCentennialだけで、JakartaのメインロードのSudirmanにあるビルである。(実際は後述の通りGatot通りの同名のビルと勘違いしていた)

Marriott-mutiara序でSailendraとAirlanggaというのを調べると二つのApartmentであるが、このビルにHotel JW Marriott とRitz Carton Hotelが夫々入居している。このジャカルタでトップグループのホテルを二つも有しているのだ。そしてMarriottに隣接・付属しているのがPlaza Mutiaraであるが、これが商業施設としてカウントされているのであろう。そういえばcentennialというビルはガトット・スブロト通りにもあるがその、Centennialの横の小道を入っていくと現在は繋がっているだろうと思うMega Kuningan 地区の中心にある。
しかし商業施設が三つあると言うので、推定したのが、このMarriott Mutiara Plaza の他にCIMB Niaga PlazaとSequis Plazaである。この3つの商業施設、2つの民間アパートメント、2つのホテルは何のことはない彼らのホームペイジに載っていたのである。しかしこのホームペイジは内容が薄く、この7つだけが固有名詞で、説明も無く、あとはVisi/Misiの抽象的飾り文ばかりである。会社名にPermata Birama Sakti Building Developmentと長く、NETのアドレスはworldpressで片手間の借家住まいの如くである。 
Plaza Mutiaraと言うのは場所すら知らなかったので調べると上記の通りMarriottと一緒の商業施設であった。商業施設とは少なくともショッピング出来ないといけないがNiagaもSequisもShoppingはなく、単なるオフイスビルとしての分類とすべきものである。小生がブログにしたことがあるのはSequisであるが、実際はこの名前はスディルマン通りに二つあり、有名な方は、上記のNiagaの隣、昔Widjojo Centerと言われたユニークな壁の保存対象の古いビルで、そこに新しく建てられたのがSequis Center/Sequis Towerであるが、こちらはSequis 保険をやっている不動産大手のGenung Sewu(日本生命が保険提携)グループの会社Duta Anggada Realty(その子会社と東京建物が提携の別案件あり)が開発・保有しているものである。この会社も冒頭に上げたランクでは4位にランクされている。もう一つはこの保険会社が本店を此方に移す前にでもあったのだろうか、Sequis Plazaというビルが、Mayapada Tower/Topas TowerとTamara Towerの二つのビルの間にある(あった)ようだ。昔の名残か、Sequis Plaza 1とかあったが、Google MapもreviseされGoWork Millennium Centennial Center - Coworking and Office Spaceとでてきた。
実はCentennialという名前が付いたビルは二つあって、この文章を書きながら、初めてこのことを知ったのである。小生が知っていたのはGatot Subroto通りNo.25 にあるCentennialTower(45F)で、これをこの会社のものと間違っていたのだ。この会社のCentennialはMillenniumが付いたMillennium Centennial Center(53F)で住所はSudirman通りであるが番地はNo.25 と二つとも同じなのである。そして昔のSequis Plaza 1という名前(Googleで出てきた名前)のビルを建て替え(?)したものであろうか。前述のSequis Towerの番地はSudirman No.71 であることは突き詰めているので、Sequis Plazaの話は打ち止めとしておこう。 
今、Mutiara Plazaを調べるほどに、Mutiara グループはTan Kianへ、そしてSCBDのPacific Placeへ、そしてそこのRitz Cartonから ここのMarriott/Mega Kuniganへ、そしてMutiara PlazaからAsabriへ、そしてJayasrayaの汚職へそして昔のMutiaraの汚職事件に絡む話がでてくるのである。これは一筋では行かない。

注:小生が見た資料では、これら物件を持っているのは別名で言えば Dua  Metiara であり Tan Kianである。但しTan氏単独でなくL氏も後大物のバックアップっもあるかも。 上記の文章からはSequis Plazaはもうないはず。ないものをずっとサイトに放置していることになる。

2020年12月 5日 (土)

Kino キャンディを食べて"Cap Kaki Tiga".

富豪リストも125位のハメンクブオノ王はさておき、この辺りになると知らない人がおおい。126位は資産$240百万でKino GroupのHarry Sanusi(52歳2018年版)である。1991年設立の頃は従業員10人の小さい会社であったが金融危機後お菓子類・軽食品に注力して伸びてきたようだ。見たいなと思ったら日本でもアマゾンなら扱っている。さすが日本と思うのか、やはりさすがはインドネシアだろう。Kinokoは明治であるが森永との合弁はあった。粉末ジュース製造販売会社を合弁で2013年に作ったが、2018年森永は持ち株をKinoに引き取ってもらい撤退している。
Kino-candy
菓子部門の成長により1999年からはコスメティック部門にも進出し、成長に拍車がかかった。顔洗剤の"Ovale"、ビタミン整髪 "Ellips"、女性専用石鹸"Resik-V"、ジェル型パーヒューム"Eskulin"など手掛け、更にムスリム向けハーブ歯磨き"Sasha"と拡大、又2003年には幼児向け製品を「Sleek Baby」ブランドで売り出しこちらも洗剤、哺乳瓶、おむつなどに広げている。
Kino-2
飲料では"Cap Kaki Tiga".ブランドのシンガポール発清涼飲料やタイ発Maleeの飲料、更に"Cap Kaki Tiga".ブランドのハーブの咳止め薬製品、バルサム、頭痛薬、白癬薬を製造販売輸出している。子会社数は9社以上、ブランドは19とも35とも云う。
彼はPancasila大卒で本社はアラムスーテラにあるKINO Tower 17階にあるので、ビル迄建ててしまったのであろう。小さなお菓子製造の時から
世界が視界に会ったのであろう。
Kino-1

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